『アメリカ左派の外交政策』 マイケル・ウォルツァー著

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『アメリカ左派の外交政策』 マイケル・ウォルツァー著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

「まとも」な応答への道

 表題にいう「アメリカ左派」は、民主党支持者を意味するリベラル派のなかでも左派に属し、二大政党をともに批判する立場も含む。冷戦時代の日本の論壇用語で言えば「進歩派知識人」に近い主張内容だろうか。資本主義に対し懐疑的で、自由・平等・民主主義といった価値の実現を積極的にめざす人々である。著者、マイケル・ウォルツァーはその左派の知識人として東海岸で活動してきた政治哲学者。

 九・一一テロ事件の直後、ウォルツァーは左派・リベラル派のなかでは例外的に、アフガニスタンに対する軍事攻撃を支持した。そのときの文章に始まり、トランプ政権の誕生直前に至るまでの論考を集めた政治評論集である。

 国際主義の理想を口にしながら、戦争反対・アメリカ帝国批判を叫ぶだけで、紛争地域における秩序構築や、抑圧された人々の救済には手をさしのべようとしない。左派主流のそうした傾向をウォルツァーは批判し、対象はスラヴォイ・ジジェク、ジュディス・バトラーといった、日本でもおなじみの知識人にも及ぶ。イスラーム教過激派による暴力と女性の奴隷化を批判しない左派言説に対する苦言も辛辣(しんらつ)である。

 他者の苦しみに対する共感から出発しながら、理想の実現のためには慎重に状況をみきわめ、手段を選び、緊急時には国家による実力行使も肯定する。そうした「政治」の思考を使いこなす「まともな」左派をめざすこと。それが、全体主義とジェノサイドに直面した二十世紀の歴史が示してくる希望にほかならない。古臭いと自嘲しながら、そうウォルツァーは説く。

 今日の先進国の政治では左右の立場が極端にわかれ、中間がなくなった。そんな傍観者的な観察からは、このような主張の意義が抜け落ちる。そして、世界の至るところできびしい苦難にさらされている人々の声に対して、「まとも」に応答する道も閉ざされてしまうのである。萩原能久監訳。

 ◇Michael Walzer=1935年生まれ。政治哲学者。著書に『正しい戦争と不正な戦争』『寛容について』など。

 風行社 3500円

読売新聞
2019年1月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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