『歴史の中の感情』 ウーテ・フレーフェルト著

レビュー

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『歴史の中の感情』 ウーテ・フレーフェルト著

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

男と女で異なる規範

 男と女では感情の持ち方が違う。その違いは文化的に仕組まれた結果と思う人も多いはずだ。この点を突き詰めて考えるために最適の本だ。

 感情の枠組みが歴史的に構築されてきた様子が示される。本書は、感情を広く捉え、名誉までも感情に含めている。名誉を守るための決闘とその感情描写はスリリングだ。

 感情とジェンダーの関連は本書の中心をなす。先入見に基づく訂正困難な差別意識がジェンダー、階級、民族などに歪(ゆが)んだ概念図式を押しつけてきた。例えば、怒りは男性的な感情と見なされ、怒りを感じても女性はすすり泣くことが多いとされ、それが道徳規範とされた。男女間の非対称性が図式化していく過程は、理性と感情の対立図式と結びつく。男性が理性的で、女性が感情的だというのは文化的な構築物なのだ。

 男女で異なる感情規範が近代以降確立し、人間の内面まで忍び込み、女は女らしく感じることを無意識に強制されてきた。感情の歴史学はジェンダー論にとっても重要である。

 第三章は、感情の「発見」が扱われる。十八世紀はデカルトの「我思う、ゆえに我あり」の枠組みが、「我感じる、ゆえに我あり」に転じる時期なのである。中世とも近世とも異なる、現代につながる感情論の枠組みが成立する。同情という社会的感情が重要視されていく過程は哲学的に見ても面白い。

 感情の問題は、哲学をはじめ様々な分野で盛んに論じられているが、歴史的展望を与える書は待ち望まれていた。著者は歴史学に「感情史」という新たな視点を開き、本邦でも注目され始めている。待望の翻訳である。激情が引き起こす暴力が事件となる現在、本書は多くの人に読まれるべきだ。ジェンダー論感情史としてばかりでなく、歴史的社会的な文脈で考慮されており、感情に関心ある人々にとって重要な指摘を数多く含んでいる。内容豊かで読み応えがある。翻訳も丁寧に正確になされ、しかも読みやすい。櫻井文子訳。

 ◇Ute Frevert=ドイツのマックス・プランク人間発達研究所感情史研究センター長。専門は西洋近現代史。

 東京外国語大学出版会 2400円

読売新聞
2019年1月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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