【自著を語る】フランスやイタリアにもない――野地秩嘉 『世界に一軒だけのパン屋 地産地消で年商十億円 北海道「満寿屋」三代の奇跡』

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世界に一軒だけのパン屋

『世界に一軒だけのパン屋』

著者
野地 秩嘉 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093885478
発売日
2018/11/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

フランスやイタリアにもない

[レビュアー] 野地秩嘉(ノンフィクション作家)

野地秩嘉
野地秩嘉

 業界で不可能といわれた国産小麦100%使用を実現し、原材料が全て十勝産という究極の地産地消。さらに年商10億円を売り上げる奇跡のパン屋があります。世界でも稀なパン屋3世代の熱いドラマを描いた『世界に一つだけのパン屋』の著者、野地秩嘉さんにお話を伺いました。

 ***

 北海道の帯広市、そして東京の目黒区に七店舗を持つベーカリーのチェーンがある。名前は満寿屋。置いているのはあんパン、クリームパン、あんドーナツといった庶民的かつ昔ながらのパンだ。バゲット、カンパーニュといったフランス風のそれもあるけれど、主力商品は昭和の香りが残る菓子パンだ。

 業績は順調だ。計七店舗で年商は約十億円。従業員は百六十名。平均的なベーカリー(一店舗)の年商は約五千万円とされているから、満寿屋は平均の三倍以上を売り上げる超優良チェーンなのである。

 今回、同チェーンの歴史と背景をつづった『世界に一軒だけのパン屋』という本を出した。「世界に一軒だけ」というタイトルにしたのは、同社がやっていることは究極の地産地消だから。

 同社のパンに使われている小麦は国産で、しかも地元、十勝のものだけだ。水、牛乳、バター、チーズ、小豆、卵、じゃがいも……。すべて十勝平野で穫れたもの。ただし、小麦といくつかの材料だけを使った地産地消ならフランスやイタリアの小規模なパン屋であればやっているかもしれない。

 しかし、大きな問題がある。地元産を使おうと思っても、なかなか入手できないのが砂糖だ。砂糖はさとうきび、もしくは甜菜から取る。さとうきびは熱帯の植物だから、冷涼な気候で穫れる小麦とは産地が異なる。

 一方の甜菜は寒冷地でできる作物だけれど、あまりに寒い気候だと今度は小麦が穫れない。小麦が穫れてしかも近所に甜菜の畑と製糖工場がある場所は世界的にもごくごく稀だ。

 ところが、十勝ではすべてが自給できる。小麦畑も甜菜の畑もあり、製糖工場もある。製糖工場ではパン用酵母も作っている。

 こうして、満寿屋は製パンにあたって、小麦から、砂糖、酵母、水までをすべて地元産で調達することができた。そのうえ十億円規模にまで店舗を増やしている。こういうパン屋さんは世界でも極めて珍しい。

 同社社長の杉山雅則は「なぜ、地元産小麦でパンを作ったか」について、こんな説明をしている。

「パン作りに国産小麦を使おうと言ったのは亡くなった父です。父が地元にはいい小麦がある。これを使ってパンを焼こうと決めました。地元産小麦は品質がいいだけではなく、体にもいい。だから、十勝産の小麦を使ったのです。父は農家さんに足を運び、説得して、畑にパン用小麦を植えてもらいました。最初はなかなか生育しなかったのですが、数年したら安定し始めて、細々とパンを作り始めました。いちばん難しかったのは食パンです。膨らまなかったのをくふうして、やっとおいしい食パンができました。畑に小麦を植えてから、うちで出している、すべてのパンを国産小麦にするまでに二十五年、かかりました」

 満寿屋の東京にある店舗をのぞくと、客の大半は子どもを連れたママたちだ。彼女たちは「子どもには国産の食品、国産の小麦を食べさせたい」と口々に言った。

 海外から輸入する小麦は輸送途中にポストハーベストといって、農薬を噴霧する。一方、国産小麦は船で輸送したとしても、ポストハーベストをすることはない。そうした事実を知っているママたちは少し価格が高くても、子どものために満寿屋にやってきて国産小麦のパンを買う。満寿屋はこうした健康志向の人々に支えられている。

さて、本を出した翌日、都立新宿高校時代の友人からSNSで連絡が来た。同窓会のお知らせである。彼は東京出身だが、大学は帯広畜産大へ行った。文面からは非常な興奮が感じられた。

「……満寿屋は、私が学生時代を過ごした街のパン屋さんです。当時とちがって、今は店舗も増え、東京にも店を出しています。こんな本書いてるなら早く言ってよ、って言いたくなりました。おすすめです」

 ほんと、ファンの多いパン屋さんなんだな、満寿屋は。また買いに行こう。

小学館 本の窓
2019年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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