“状況設定”に拘る謎解き 読後感のいい青春小説の連作

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早朝始発の殺風景

『早朝始発の殺風景』

著者
青崎, 有吾, 1991-
出版社
集英社
ISBN
9784087711745
価格
1,595円(税込)

書籍情報:openBD

“状況設定”に拘る謎解き 読後感のいい青春小説の連作

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 大事なことは内緒で話すのだ。

 青崎有吾『早朝始発の殺風景』は、ちょっと変わった状況設定の連作短篇集である。収録作の五篇はいずれも、一つの場所から移動しない密室劇。舞台はファミリーレストランであったり、観覧車の中だったり。登場人物はだいたい二人、多くて三人。密室内で過ごすうち、彼らの誰かが、あることの不可解さに気づく。それが実は秘密を解く鍵であり、密室の扉が開いて外に出てくるときには、一つの真実が明らかになっているのだ。ごく日常的な風景の中に謎解きの驚きを見出す作品集である。

 登場人物はみな高校生で、時の流れがわずかに進む間に、彼らがちょっとだけ成長する物語でもある。論理的に謎が解かれるミステリーであると同時に、読後感のいい青春小説にもなっているのだ。

 表題作は、始発電車内で繰り広げられる物語である。慣れない時間に乗車した加藤木(かとうぎ)は、車内に殺風景(さっぷうけい)(そういう苗字なのだ)がいるのを発見する。同じ学級だけに無視するわけにもいかず言葉を交わしているうちに、相手がなぜ始発電車に乗っているのか、という肚の探り合いが始まる。ぴりぴりとした緊張感がある一篇で、物語からは早朝のように清澄な空気を感じる。

 私のお気に入りは「三月四日、午後二時半の密室」である。その日は卒業式だったが風邪で一人の欠席者が出た。クラス委員だった草間(くさま)は卒業証書とアルバムを届けるためその生徒・煤木戸(すすきど)の家を訪ねるのだ。ほとんど言葉を交わしたこともない二人が思いがけず午後を一緒に過ごす、という気まずさが、読者には楽しい。やがて、お互いが一歩だけ前に踏み出そうとする瞬間が訪れると、まるで凍っていたのが融けたかのように室内の時間が進み始め、柔らかい手触りの結末が訪れるのである。

 会話劇のお手本といってもいい短篇集だ。ページをめくるたびに登場人物たちの声が聞こえてくる。

新潮社 週刊新潮
2019年1月31日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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