『ゲノムが語る生命像』
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ノーベル賞受賞者がかつて説いた生理学の意義
[レビュアー] 小飼弾
ノーベル賞受賞者にもっとも近い新書レーベルといえばブルーバックス。『クォーク』(南部陽一郎)、『ニュートリノ天体物理学入門』(小柴昌俊)、そして『ゲノムが語る生命像』(本庶佑)。受賞者自らが受賞以前に執筆しているという点が肝要だ。功績あっての賞であって、賞あっての功績ではないのだから。
しかしこうも違うものか。同じノーベル賞でも物理学と医学生理学では。物理学者はまずクォークとは何か、ニュートリノとは何かを説明した上で、「それが何の役に立つのか」という世知辛い問いを投げかけられるのに対し、「ゲノム」という言葉は検索すれば二重螺旋の絵文字が多数出てくるほど一般的だし、生理学が役に立つことを疑う人はまずいない。しかし学者視点に立つとこれが正反対に見えるから興味深い。本書は「生物学などは、科学と呼ぶに値しない。あのような曖昧模糊とした現象論の記載ばかりをやっている生物学や医学は、二流の学問である」と言われた著者が、新書一冊を費して生理学の意義を一般人に説いた書でもある。
その「曖昧模糊とした現象」が全てゲノムというデジタルデータによって引き起こされていることを今の我々は知っている。デジタルデータを処理するコンピューターの世界でも「プロセスを殺す」「ウイルスに感染している」という生物学的用語は自然に使われている。そう、自然に。ゲノムが語った最大の驚きは、自然がデジタルであることかも知れない。