舞城王太郎『私はあなたの瞳の林檎』『されど私の可愛い檸檬』評――終らないアドベンチャーゲーム/鴻池留衣

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私はあなたの瞳の林檎

『私はあなたの瞳の林檎』

著者
舞城 王太郎 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065132555
発売日
2018/10/27
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

されど私の可愛い檸檬

『されど私の可愛い檸檬』

著者
舞城 王太郎 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065135136
発売日
2018/11/28
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

終らないアドベンチャーゲーム

[レビュアー] 鴻池留衣(作家)

「恋愛」がテーマの三作を収録した『……林檎』。「家族」がテーマの三作を収録した『……檸檬』。帯にはそう書いてある。二冊一からげの書評なので、宣伝文句は一旦忘れて、一つの短編集として読んでみることにした。すると、六編の共通点を三つ発見した。1、主人公の性格。正義感があり、愚直で明け透けで不器用。自分について理解したいと願っている。2、構成。会話と地の文の思弁が、主人公が不器用なことで発生する問いと、その解答を延々と並べる。3、終り方。繰り返される解答の提示がひとまず終った段階を描いている。この自問自答の営みは、小説内の世界でその後も繰り返されるだろう(不器用な主人公たちがその後不幸になった姿を容易に想像してしまうし)。

 年齢性別の違う六人の主人公たちは、同一人物と思える程性格が似ている。六編それぞれにおいて、主人公たちは目先の利益ではなく、様々な「正しさ」を欲して自問自答を繰り返している。好きな女の子をどのように好きでいるのが正しいか、人生を何に捧げれば良いのか、家族とは何か、自分の価値とは何か。これは倫理を追究するプロセスだ。そしてそれぞれの終りには、その帰結として当然であろう、答えられない、という境地が用意されている。あ、まだ共通点があった。忘れてはならない重要な要素だ。4、男女。全部男女の話なのだ。

 共通点1~4を念頭に、乱暴に結論する。これはアドベンチャーゲーム(主人公が自分の置かれた状況の中で選択肢を与えられて答えを入力し、物語を進めて行くコンピューターゲーム)なのだ。繰り返される問いは、例えばギャルゲーのシナリオ分岐点のように主人公たちに「正しい」解答を要求している。選択しなかった「正しさ」の先、あり得たかもしれない未来を思った時、彼らは自己同一性に悩む。それぞれの短編集に一編ずつ収録された書下ろし作品の主人公たちが、まるでテーマのヒントを提示するかのように自己同一性をフラフラさせている。六人の主人公たちが似ているのは当然だ。だってこれら六つのゲームのプレイヤーは全て、作者本人なんだもん。舞城というプレイヤーはゲームをした。シナリオや、登場キャラクターの攻略ではなく、「正しさ」を求めるアドベンチャーゲームだ。そのプレイ中の、プレイヤーの内面の詳細な記録が、この二冊である。そういえば、舞城文体の「ドライブ感」と呼ばれているものは、アドベンチャーゲーム(に限らずRPGなども含めたコンピューターゲーム全般)の画面下に表示されるウインドウの中で、テキストが速やかに現れ流れて行く感じとよく似ている。舞城は、「正しさ」という宝を探している、現実という名のゲームのプレイヤーなのかもしれない。

河出書房新社 文藝
2019年春季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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