動物園巡礼――日本各地に足を運び、考える「場」の役割

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

動物園巡礼

『動物園巡礼』

著者
木下 直之 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784130830775
発売日
2018/11/30
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『股間若衆』の著者が考える動物園という「場」の役割

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 動物園はなんのためにあるか。難しい問いだ。古くは、みんなが見たことのない珍しい動物を見せるためだった。家族のありかたが変わった戦後は、子連れで楽しめるレジャー施設として人気が出た。いまでもわが子に動物を見せたい親は多いが、秘境に棲む珍獣も写真や動画で見られるようになれば、動物園という「場」の役割も変わる。

 それで読んでみたのがこの本だ。実際に日本各地に足をはこび、そこの動物園のなりたちや歴史を知る人の話に耳を傾ける。経営や運営の悩みも聞く。周囲の街との調和にも注目する。大きな問いに向き合うために、あえて無数の回り道を全部通ろうとする。そんな本だった。

 外国から動物をどんどん連れて来られる時代はとっくに終わった。いま動物園にいる動物は、ほぼ動物園生まれであって、外の世界を知らない。これを「人間の勝手な都合による動物虐待」と見ることもできる。しかし一方で、世界各地に動物園があるおかげで細々と生きながらえている種だって存在するのだ。絶滅回避への貢献を「悪」とは決めつけられないだろう。

 著者は先入観なく各地の動物園の現在をたんたんと見て、そして読者が楽しめる紀行文のかたちをとって記述する。エンターテイナーである。あの話題作『股間若衆(こかんわかしゅう)』(新潮社)で、公園や駅前など公衆の面前に裸をさらしている彫像を考察した人だ。他の著書も、絵画や写真、戦争などを「見世物」ととらえたものが多い。そういえば動物園は、そもそものはじめから見世物だ。「見せる/見る」の関係を生涯のテーマにしている著者が動物園に向かうのは、必然なのかもしれない。

 名前をつけられ多くの人々に愛される動物たちは、人間にとって大事な感情の、宛て先のようなものだ。しみじみとしたエピソードを読み、あたたかい心で考えはじめる。良書だと思う。

新潮社 週刊新潮
2019年2月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク