新春特別対談 今野敏×角川春樹
[文] ボブ内藤
作家デビューから10年となる1988年から書き続け、昨年30周年をむかえた今野敏の「安積班シリーズ」。長きにわたって読者に愛されてきたシリーズの魅力について、今野自身と角川春樹が改めて語り合った。
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角川春樹(以下、角川) どの作品でもいいんだけど、「安積班シリーズ」を読んだ人は当然ながら、エド・マクベインの「87分署シリーズ」を連想すると思うんだけど、今野自身は、コリン・ウィルコックスの「ヘイスティングス警部シリーズ」のほうが好きなんだってね?
今野敏(以下、今野) そうなんです。マクベインは、警察小説というジャンルを確立させたという点で大きな功績がありますが、主人公の魅力という観点でいうと、僕はウィルコックスのヘイスティングス警部のほうに軍配があがると思っているんです。
角川 俺にとって思い入れのある警察小説といえば、スウェーデンのペール・ヴァールーとマイ・シューヴァル夫妻による「マルティン・ベックシリーズ」。1971年にシリーズ第4作の『笑う警官』がアメリカのエドガー賞をとったタイミングで版権を買って、俺が企画・編集を担当して文庫で出版したんだ。反響がよかったものだからその後、シリーズをさかのぼって出版して、中には単行本として出版した作品もある。
今野 「マルティン・ベックシリーズ」は僕も大好きです。脇役のグンヴァルト・ラーソンがいい味を出してますよね。
角川 そうそう。グンヴァルト・ラーソンは、今野の「安積班シリーズ」の速水直樹に重なるものがあると思うんだよ。警察小説というのは、主人公だけじゃなくて、脇役の登場人物も魅力的に書かれているところに大きな特徴があると思う。グンヴァルト・ラーソンの場合、シリーズの途中から主人公のマルティン・ベックを食って主役として描かれたりするんだけど、「安積班シリーズ」には速水直樹が主役になる作品があるよね。
今野 『残照』とかね。
角川 速水直樹だけじゃなくて、須田三郎が活躍する作品なんかもあって、こうした脇役にスポットが当たる作品は、どれもおもしろい。
今野 実を言いますと、「安積班シリーズ」は先に述べた「ヘイスティングス警部シリーズ」からいろいろな部分を下敷きにしているんです。同シリーズにはカネリというデブでのろまな刑事が出てくるんですけど、これは須田三郎の原型。それから、上司のヘイスティングスにやたら楯突く神経質な刑事もいるんですが、これは村雨秋彦のキャラクターに反映されてます。
角川 ほう、なるほど。
今野 それから、アメリカのテレビシリーズの『刑事コジャック』が大好きで、登場人物の名前を参考にしたりしています。ここに出てくるデブの刑事は、スタブロスというんだけど、これを漢字に移し替えた役名が須田三郎。若手で行動派のクロッカーは、安積班の黒木和也の役名に反映されています。
角川 なるほど! おもしろいね。
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角川 今回、今野と対談するというので、「安積班シリーズ」の全作をあらためて読み返してみたんだけどね。
今野 恐縮です(笑)。
角川 1つ、大きな発見をしたなと思ったのは、初期の東京ベイエリア分署を舞台にした作品(『二重標的』、『虚構の殺人者』、『硝子の殺人者』)が実におもしろいということ。もちろん、回を追うごとに作品の完成度はあがっていくんだけど、そちらの手慣れた調子がかすんだように感じるほど、第一作のみずみずしさには圧倒的な魅力を感じたね。
今野 当時、僕は33歳。作家デビューしてちょうど10年の年で、日本でまだ誰も手掛けていない警察小説に挑戦してみたいという野心に燃えていました。ですから、「87分署シリーズ」をはじめ、「ヘイスティングス警部シリーズ」、それから「マルティン・ベックシリーズ」も熱心に研究したし、執筆にも力が入っていたと思います。その初心を忘れず精進したいですね。手慣れた調子なんて言われないように(笑)。
角川 「安積班シリーズ」を読み返した勢いで、「87分署シリーズ」のほうも読み返してみたんだけど、第一作『警官嫌い』の巻末の解説文で青木雨彦さんがおもしろいことを指摘していたよ。それによると、「87分署シリーズ」をスウェーデン語に初めて翻訳したのは、「マルティン・ベックシリーズ」を書いたペール・ヴァールーとマイ・シューヴァル夫妻だというんだ。
今野 へぇ、それは僕も初めて知りました。
角川 だから、「マルティン・ベックシリーズ」は「87分署シリーズ」の影響を受けて生まれた警察小説ということになる。もちろん、コリン・ウィルコックスの「ヘイスティングス警部シリーズ」も、同じだろうね。
今野 それは、間違いないと思います。「87分署シリーズ」はやはり、警察小説の原点とも言える作品群ですね。