新人の第一短篇集ながら“傑作” 殺人なしのミステリ4作

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エースの遺言

『エースの遺言』

著者
久和間拓 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575241419
発売日
2018/12/21
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“殺人”を描かぬミステリ 期待の新人作家の傑作短篇集

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 第三十八回小説推理新人賞を受賞した表題作を巻頭に、全四篇から成る傑作短篇集である。

 新人の第一短篇集を傑作といい切るのは早計かも知れないが、私はこの一巻を読んで作者の力量を信用しようと思った。その思いは、読了して数日を経た今も些かも揺るがない。

 表題作は、監督にとっては悪夢としか思えなかった甲子園決勝再試合から二十五年――悲運の天才投手が何故、監督に無理な要求をし、かつ、プロ入りしなかったかが明らかになるというもの。

 続く「秘密」は、絵葉書で交流を続ける二人の老人のうち、一方が火事で死んだと思いきや、実は――という物語で、作者の人間観照が隅々まで行き届いた秀作。

 また、会社内部の出世競争を皮肉たっぷりな味付けで描いた「切られぬジョーカー」のみが書き下ろしで、ラストには、この一巻の中で最も美しくも哀しい「約束」が据えられている。

 ミステリであるから最後にどんでん返しが控えているが、そこから引き出されるのは、トリックや巧妙な仕掛けといったものとは別種のもの、すなわち、人間の心のありようである。

 実際、この短篇集に残忍な殺人が出てくるものは一篇もない。久和間拓は、殺人なしでミステリが成立することを改めて私たちに教えてくれる。

 こういういい方が許されるならば、作者が描くミステリは、“人間派”とでもいうべきもので、かつ、狙っているところは、普通小説とミステリの皮膜の中から浮かび上がってくるもの、前述の人間の心のありようなのではないのか。

「秘密」のラストに綴られている主人公の決意からにじみ出る切なさ。そして、「約束」の美しさ、哀しさに、私はちょっぴり涙した。

 久和間拓が、これからどのようなミステリ作家に成長していくのか、私は愉しみでならない。

新潮社 週刊新潮
2019年2月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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