エッセイの名手が読み解く知的でビジュアルな東海道五十三次

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東海道ふたり旅

『東海道ふたり旅』

著者
池内 紀 [著]
出版社
春秋社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784393444214
発売日
2019/01/07
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

エッセイの名手が読み解く知的でビジュアルな東海道五十三次

[レビュアー] 成毛眞(書評サイト〈HONZ〉代表)

 久しぶりに出会った、上品にして趣深いエッセイとして読んでいる最中だ。読み終えるのがもったいないのだ。

 全35章。3章ほどをゆっくりと読むために、わざと場所と時間を変えている。早朝のカフェでクロックムッシュと、午後はおにぎりをほおばりながら公園のベンチ、夜はウイスキー片手にベッドの中という具合だ。

 広重の「東海道五十三次」をモチーフにしながら、おもに江戸の諸制度や風俗、いまにつづく文化や文物などを書き綴っているのだが、たとえば「岡崎」の章では、「河況係数(かきょうけいすう)」という地理学の用語が登場し、日本の河川の特徴と橋梁構造についても詳しく検討する。あなどれないのだ。

 もちろん広重の絵そのものについて仔細に吟味することもある。「御油(ごゆ)・赤坂」の章が愉快だ。このふたつの宿は十六丁(1・7km)しか離れていなかったため、飯盛女のほかに留女(とめおんな)というプロの女たちがいたらしい。御油と赤坂の2枚の浮世絵にはそれぞれ宿前と宿中が描かれており、それを細かく見ることで、当時の風俗だけでなく、絵師のうしろ姿も想像してみるのだ。

 文章の調子もまた素晴らしい。最終章の「京」の冒頭はこうだ。

「ふりだしは江戸・日本橋。あがりは京の三条大橋。橋はまた『はし』でもあって、五三の宿駅を、はしとはしがリボンの先端のようにキリリと結んでいる」

 ドイツ文学者にしてエッセイの名手。知的にしてビジュアルで、広重の五十三次を語るに相応しい。

 春秋社100周年記念出版の書だという。春秋社の創業者は、明治の名著『米欧回覧実記』を書いた久米邦武の書生だった神田豊穂と、直木賞の直木三十五だ。仏教書関連の出版社として知られている。

 ところがおもしろいことに、本書は江戸時代の寺請制度と僧侶について批判的で、寺の衰退は廃仏毀釈という運動だけが理由ではないと見る。

新潮社 週刊新潮
2019年2月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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