自転車レースが舞台の傑作ミステリ、第三長編

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書籍情報:openBD

自転車レースが舞台の傑作ミステリ、第三長編

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 スポーツ小説としての興奮、青春小説としての煌(きら)めき。この二つを味わえるミステリといえば近藤史恵の〈サクリファイス〉シリーズだ。この度文庫化された『スティグマータ』はシリーズ第三長編に当たる。

 自転車ロードレースの選手、白石誓(ちかう)はチーム“オランジュフランセ”のメンバーとしてフランスで暮らしていた。誓は友人からドミトリー・メネンコ選手が現役復帰するという情報を得る。メネンコはかつてツール・ド・フランスで三度の優勝を飾った伝説の選手だが、五年前にドーピング違反が発覚し全ての記録が剥奪され、二年間の出場停止処分を受けていた。ツール・ド・フランスが間近に迫る中、友人の情報通り強豪チームに復帰したメネンコ。再びレースの世界に戻ってきた堕ちたカリスマの真意とは一体何か。

 ロードレースにおける心理的な駆け引きが、謎解きの興趣と表裏一体になっているのがシリーズの魅力だ。本作でもツール・ド・フランスでの戦いと、レース周辺で起こる謎を読み解く過程が強く結びつき、読者を物語の最終地点へと導く原動力となっている。

 人生の大きな分かれ目を迎えた若者を描く小説としても秀逸だ。第一作で二十三歳だった誓も本作では三十歳。肉体の衰えなど様々な現実に直面、誓はこれまでに無い内心の葛藤に苦しむ。この重みを感じるためにも、シリーズ未読の方は『サクリファイス』『エデン』と順を追って楽しんでもらいたい。

 青春スポーツものとミステリの融合ではラッセル・ブラッドン『ウィンブルドン』(池央耿(いけひろあき)訳、創元推理文庫)が必読だ。二人の若き天才テニスプレーヤーの勝負を、奇想天外な趣向で描いた名作である。国境を超えた友情物語としても熱い。

 スポーツミステリのヒーローといえば、ディック・フランシス『大穴』(菊池光訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)などに登場するシッド・ハレー。元障害競馬の騎手で、事故により選手生命を絶たれた探偵社調査員ハレーは己の内にある弱さと対峙し、克服しようとする。その姿が読む者すべてを奮い立たせるのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年2月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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