ODAの闇を暴け! 不当な利益をむさぼる輩は許さない

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指揮権発動

『指揮権発動』

著者
笹本 稜平 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041073131
発売日
2019/01/26
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ODAの闇を暴け! 不当な利益をむさぼる輩は許さない――【書評】西上心太

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

 検察庁法十四条に規定されている指揮権は、唯一の訴追機関である検察に対する行政側の「政治圧力」である。行使するのは法務大臣だが、その背後に内閣総理大臣の意向があるのは自明のことだ。

 かつて一度だけこれが発動されたことがある。一九五四年(昭和二十九年)に起きた造船疑獄の時だ。自由党の国会議員が海運業者からの収賄容疑で逮捕され、捜査の矛先が党幹事長の佐藤栄作に向いた。その際に法務大臣が指揮権を発動し、事件の真相は解明できずに終わってしまった。だがその八ヶ月後、隠蔽に走った吉田茂内閣は、結局総辞職に追い込まれた。佐藤栄作は後に内閣総理大臣になった。

 本書は指揮権発動をめぐり、真実を追い求め、本来の国益を損ねる行為をしても恬として恥じない輩に法の網をかぶせようと奮闘する者たちの戦いを描いた作品である。

 主な舞台となるのは、アフガニスタンだ。この設定には最近の笹本稜平ファンはおやっと思うかもしれない。笹本稜平といえば〈越境捜査〉、〈所轄魂〉、〈素行調査官〉などの警察小説シリーズの書き手として有名だからだ。だが待ってほしい。エベレストを舞台にした『天空への回廊』(二〇〇二年)、第六回大藪春彦賞を受賞した『太平洋の薔薇』(二〇〇三年)など、初期の笹本稜平は山岳や海洋を舞台にしたスケールの大きい本格冒険小説の旗手として認知されていたのだ。であるから背景に国際情勢がからんだ物語を書いても驚くには当たらないのである。

 ODA(政府開発援助)に携わっていた三人の日本人が、アフガニスタンの首都カブールのレストランで射殺された。彼らだけを狙った犯行は、単純なテロとは考えにくかった。東京地検の芦名検事は上司の命令で事務官の秋田とともに現地に赴くことになった。官邸筋からの内々の指示があったようなのだ。現地には警視庁の国際テロ事件担当である公安外事課と、殺人事件担当の捜査一課のチームも派遣されていた。やがて、かつて外務大臣を務めた与党大物議員が事件の背後から浮かび上がる。親族が経営するODA事業計画策定のための調査会社を利用し、私腹を肥やしている疑いが出てきたのだ。そしてその秘密を守るために、殺人教唆をしたのではないか。芦名は公安、捜査一課の刑事たちと協力しながら事件の謎を追っていく。

 主人公たちに、これでもかという試練を与えるのが冒険小説の常道だが、本書における芦名たちに与えられたハンディも尋常ではない。法律による後ろ盾もない上に、テロが横行する外地での捜査なのだ。しかもアフガニスタンの警察や政治家、あるいは後方で支援する日本国内の各組織でさえ、その思惑が奈辺にあるのかが判然としないのだ。

 だが検察の芦名誠一検事、公安の沢木隆司警部、捜査一課の中原暁子警部補らは、危険な土地での地道な活動を住民に感謝されながら、非業の死を遂げた被害者たちの思いに応えるための追及を止めようとしない。「人々の情熱を食い物にして、不当な利益をむさぼる輩」に対して「一人の人間の思いとして、それは決して許せない」という気持ちを最後まで持ち続けるのだ。

 何が真実で何がフェイクなのか、判然としない中から、国際的な規模の問題が浮かび上がる。そして一連の事件の真相を解明し証拠を集め、検察官の職務である「起訴」に持ち込んでからも、「指揮権発動」に対する戦いが待っているのだ。そう、事件の解明の先にある「政治」との戦いも、この物語の読みどころなのである。

 地検特捜部にかつての輝きは感じられない。実際に指揮権発動の前に、「忖度」によって政府首脳の「犯罪」が見逃されている現実がある……のではないか。そんな現実に不満を抱き、落胆している多くの者にとって、本書は一服の清涼剤となるだろう。

「国益というのは国民にとっての利益であって、国の政治を牛耳る政治家の利益じゃないはずだ」という芦名の思いが届くような現実は、はたして夢なのだろうか。

KADOKAWA 本の旅人
2018年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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