<東北の本棚>価値観転換趣味大切に
[レビュアー] 河北新報
仙台市青葉区で暮らす76歳の医師の手によるエッセー集。前作「まだ林住期の途中」に次ぐ本作は7作目。タイトルの「遊行期(ゆぎょうき)」は、古代インドの人生区分で75歳から先の期間を指す。前作発表後に書き起こした52編を収録している。
東日本大震災以前、宮城県南三陸町で診療所を営んでいた著者は、震災による津波で職場と自宅を喪失。現在は、長男が代表を務める医療法人が運営する仙台市内の診療所に勤務する。
震災が著者にもたらしたものは価値観の大転換だった。それまで気にかけていた名誉や権威、財産などに対する欲を捨て、現在は「あるがまま、なるがままの生き方」を模索する。
辛口の人間観察は健在だ。被災現場での若いボランティアの言動を称賛する一方、スマートフォンの操作に夢中で助けを必要としている高齢者を顧みない女子高校生に憤慨する。「生」「老」「病」「死」。人生の第4コーナーに差し掛かった自身を客観視し分析する姿は、いかにも医師らしい。
遊行期を生きる上で強調するのは「趣味の重要性」だ。運動や家庭菜園の効用などがユーモアを交えて語られる。何よりエッセーの執筆が、震災のショックから自身を取り戻す力となったという記述は興味深い。
北の杜編集工房022(703)1742=2000円。