山口恵以子『真夏の焼きそば 食堂のおばちゃん5』刊行記念
[レビュアー] 山口恵以子(小説家)
早いものでこの「食堂のおばちゃん」シリーズも五作目となった。角川春樹社長の「食堂小説を書きませんか?」というお誘いで生まれた作品が、今や私を代表する「食堂小説」群に成長した。
昨年「王様のブランチ」でも紹介された『婚活食堂』(PHP研究所)に至っては、執筆依頼の際に編集者が「正直、『食堂のおばちゃん』の、柳の下の二匹目のドジョウを狙ってます!」と仰ったくらい、もう「山口恵以子と言えば食堂小説」と、広く世間に浸透したらしい。
そして私自身がすっかり「食堂のおばちゃん」の世界に馴染んでしまった。登場人物は親戚以上の近しさだ。
だからフーテンの寅さんの「男はつらいよ」シリーズが「マドンナに恋してフラれる」というそれだけの筋立てで四十八作も続いたように、こちらも「はじめ食堂に指名手配犯らしき人物が現れたら?」「外国人がお客で来たら?」「子供が一人で来たら?」と、一つの石を放り込んでやると、きれいに波紋が拡がって物語を紡いでくれる。
私が書くのではない。二三や一子や万里が勝手に芝居をして、ドラマを生んでくれる。だからまるで想定していなかった桃田はなのような少女が、不意に登場したりする。
そう、はなちゃんは「忘れ物を届けてくれた人」を描写するうちに、勝手に手が動いて「ピンク色の髪のパンク少女」になってしまった。そして書きながら「あ、この子、新しいレギュラーにしよう!」と思い付いた。威勢が良くて気の強いはなと、優柔不断で人の好い万里がどう成長して行くか、これからが楽しみだ。
実は『真夏の焼きそば』を連載していた五ヶ月間、我家には激震が走っていた。冬の体調不良からやっと回復した母が、捻挫してベッド生活になり、九月には直腸潰瘍からの大出血で救急搬送され、当初は一週間で退院できる見込みだったのが急転直下、「回復の見込みはありません」と宣告されてしまったのだ。おまけに兄が三度目の脳梗塞を発症し、入院することに……。
山中鹿之助じゃあるまいし、次々艱難辛苦に襲われて、私、参りましたよ。この間の事情は『おばちゃん介護道』(大和出版)を読んで下さい。もっとも、それは序章に過ぎなかったのですが。
それでも何とか乗り越えられたのは、この作品のお陰だと思う。書き始めれば「はじめ食堂」に集う人たちが、私を慰め、力づけてくれた。書くことで私自身も救われたのだ。
皆さん、『真夏の焼きそば』を楽しんで下さい。