国立新美術館で企画展開催 美術家・イケムラレイコの自伝的作品集

レビュー

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どこにも属さないわたし

『どこにも属さないわたし』

著者
イケムラレイコ [著]
出版社
平凡社
ISBN
9784582206470
発売日
2019/01/16

書籍情報:版元ドットコム

共感やつながりを跳び越えるいさぎよくて美しい言葉

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 SNSの隆盛とともに、カジュアルな言葉の世界がどんどん変化している。「自分自身よりもあなたたちが大事です。あなたたちの好みや判断を優先します」というメッセージを発信しつづけることがマナーになっていく。なにげない呟きや素朴な感想も見逃してはもらえない。異質な考え方は、その由来を尋ねられもせず問答無用で叩かれる。これはすでにディストピアだと思う。

 こんな時代だから、芸術家の言葉で目を洗いたい。檻のように日本人を閉じ込める「共感」や「つながり」をかるがると跳び越える、いさぎよくて美しい言葉がここにある。著者は、絵画や彫刻などで知られる美術家だ。スペインで美大に通い、スイスやドイツで暮らしながら、自分の表現を追い求めてきた。〈ドイツ語で少し“変骨”な人を「シュヴァルツエス・シャーフ」、黒い羊という表現がある。私も嬉々として黒い羊であり続けている〉。

 孤独をおそれない。人と出会い、好きになり結婚し、でもその結婚を解消したら、トランクひとつでまた旅に出る。孤独が当たり前だからこそ、人があたたかい手を差しのべてくれたことをいつまでも忘れない。一人旅をしたポルトガルでひどい食中毒になったとき、見ず知らずの男性が親身になって助けてくれた。ドイツでの初個展が成功せず打ちひしがれていたとき、たった一人評価してくれた女性キュレーターがあらたな個展をサポートしてくれた。失敗や挫折を注意深く避けて生きていたら、こういう宝石のような好意には出会えない。

 作品の写真もたくさん収められているが、著者自身の写真もいくつかある。群れを作らない獣の表情である。カッコよさにしびれる。ちょうどいま、国立新美術館で「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」という企画展の会期中だ。美術作品と文章、どちらも清冽な雪解け水のように、見る者の目を洗い流してくれる。

新潮社 週刊新潮
2019年2月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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