小泉喜美子の旧作再評価 ミステリとは“歌舞伎”である

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殺人は女の仕事

『殺人は女の仕事』

著者
小泉喜美子 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334777975
発売日
2019/01/10
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

マルタの鷹

『マルタの鷹』

著者
ダシール・ハメット [著]/小鷹 信光 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784150773076
発売日
2012/09/06
価格
814円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小泉喜美子の旧作再評価 ミステリとは“歌舞伎”である

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 一九六三年刊の第一長篇『弁護側の証人』(集英社文庫)が二〇〇九年に復刊されるや、今日に至るまで、あれよあれよという間に他の旧作が文庫化。小泉喜美子再評価の気運が高まっている。先に、粋で艶やかな新橋芸者の“まり勇”が事件の謎を解く連作推理『女は帯も謎もとく』を復刊した光文社文庫が、第二弾として短篇集『殺人は女の仕事』を刊行した。しかも、初刊本には収録されていなかった「美(うる)わしの思い出」を追加した全八篇ときてはファンにはたまらぬ一巻といえるだろう。

 ミステリは洒落て都会的なものといっていた作者は、同時にミステリ=歌舞伎であるとも記していたが、巻頭の一作「万引き女のセレナーデ」は、デパートの保安係と万引きグループの女という、捕える者と捕われる者、正反対の立場の二人の間に生まれた淡いロマンスを活写。ラストに作者の歌舞伎趣味が顔を出す逸品。

 ここで特に作者が好きだったハードボイルドと歌舞伎という観点でいえば、D・ハメット『マルタの鷹』(創元推理文庫、ハヤカワ・ミステリ文庫)のラスト、サム・スペイドが犯人を警察につき出す場面などは、歌舞伎役者が一世一代の大見得を切っているそれといえるのではあるまいか。

 この他、小泉喜美子の文学観や歌舞伎観が(逆説的に)色濃く出ている表題作や、本書収録作品中、最も切ない「二度死んだ女」、そして、フランスの暗黒映画(フィルム・ノワール)に憧がれる少年が、現実の社会の暗黒面に接して見事なまでにこれに裏切られる「捜査線上のアリア」、髪の毛一本が日常の生活の中の背徳を見事に反転させる「毛(ヘアー)」等々。作者は、表題作で日本の自然主義や私小説を皮肉りつつ、この一巻に収められているのは、実に洗練されたタッチで捉えられた悲喜こもごもの人生なのである。

 あと、作者の作品で復刊されていないのは、『ダイナマイト円舞曲』『暗いクラブで逢おう』『コメディアン』『死だけが私の贈り物』といったところだが、どの文庫からでもいいから、この不世出の作家の作品を世に知らしめて欲しいものだ。

新潮社 週刊新潮
2019年2月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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