【文庫双六】「現代エンタメを支えた片岡義男の作品群」――北上次郎

レビュー

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「現代エンタメを支えた片岡義男の作品群」

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】江戸期を舞台に描いた横溝正史の「ドラキュラ」――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/563715

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 横溝正史というと、私は片岡義男をすぐに思い浮かべる。唐突な連想のように思われるかもしれないが、この二人の作家には共通項がある。それは角川文庫で一時期「大量に売られた」という事実だ。

 横溝正史の角川文庫は70年代に4000万部売られたという噂を聞いたことがある。それがどこまで真実なのかはわからない。片岡義男の本はそこまで売れなかったと思うが、それでも「大量に」販売されたことは事実だろう。

 本来なら「カルト作家」とも言うべき片岡義男の本がある時期、大量に売られた意味を私は考える。80年代の前半に、片岡義男の洒落た小説を読んだ中学生が全国にいたのだという意味を考えるのだ。

 それから数年もすれば、彼らは高校生になり、そして大学生になり、やがては若きサラリーマンになる。そうなったとき、彼らは何を読んだのか。周知のように、日本の現代エンタメはバブル期に大きな転換点を迎えて変貌する。その新しい現代エンタメを支えたのはそういう中学生たちであったのではないか、と私は考えているのである。この乱暴な仮説が当たっているのかどうかはわからないが、そういう埒もないことを私はいつも考えているのである。

 片岡義男をいま読み返すなら、この作品集をおすすめしたい。2009年に私が編んだ作品集『さしむかいラブソング』だ。これは片岡義男の作品から恋愛をモチーフにした短篇を選んだものである。表題作はもちろん素晴らしいが、私がひそかに愛しているのは高校生と女性教師を描く「箱根ターンパイクおいてけぼり」。片岡義男はタイトル名人としても知られるが、これもそういう一篇で、ホントに絶品だ。小説ジュニア1978年2月号に載った短篇だが、昔のジュニア小説誌のレベルの高さをうかがうことが出来る。いや、片岡義男が別格なのか。40年前の作品とは思えないほど新鮮である。

新潮社 週刊新潮
2019年2月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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