「毒親」を漫画に描くのは、自分の中の「酒鬼薔薇」的なものを“殺す”ため ふみふみこ×押見修造対談

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

愛と呪い 2

『愛と呪い 2』

著者
ふみふみこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784107721570
発売日
2019/02/09
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

血の轍

『血の轍』

著者
押見 修造 [著]
出版社
小学館
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784098602292
発売日
2019/02/28
価格
715円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「未来はない」と諦めた日から生きること

[文] 宮川直実(ライター)

押見修造さん
押見修造さん

「未来はない」からはじまる

――『愛と呪い』二巻の衝撃的なラストは、ある意味でふみさんがこれまで描いてこられた「中二病的自我」の死とも思えるシーンでしたね。

ふみ うんうん、そうですね。自殺しようとする直前の「私は何にも悪くないのに」っていうのは、象徴的な中二病のセリフですよね(笑)。

押見 中二病って、肥大した自意識ですよね。社会から自分が隔絶されているという意識があって、それが反転して、自分以外は全部殺そうとするのが中二病だと思っていて。でも、そういう感情自体は正常な状態だと思うんです。『愛と呪い』を読んでいても、「自分もこんな感じだったな」という瞬間がたくさんあるんですよね。クラスメートを殺す妄想とか、親の枕元でゴルフクラブを振り上げたい欲求とか。もちろん実際に振り上げてはいませんけど(笑)。だから前回ふみさんが浅野いにおさんとの対談の中で、「自分の中の酒鬼薔薇的なものを“殺す”までを描きたい」と仰っていたのが、すごくよく分かるなと思ったんです。

ふみ 愛子は家族を殺して中二病的自我を成就させようとしたんだけど、無理だったんです。普通にもなれなかったし、特別にもなれなかった。それが二巻のラストです。

押見 愛子はこの先、どうなっていくんでしょうね。

ふみ いやもう、救うために一生懸命描いてるんですけど……気づけば「救いなんてないんだ」という話ですよね(笑)。この「愛と呪い」は一生続いていくぞ、と受け入れるしかない。逆説的ですが、もしも救いがあるとしたら、諦めと慣れしかないのかなと。

押見 よく分かります。僕も普通を諦め、特別も諦めて今があります(笑)。そこに縛られなければ、多少は楽になりますからね。

ふみ 肥大した自意識を小さくして生きていくことが、「酒鬼薔薇的なものを“殺す”」ことに繋がるのでは、と現時点では思っています。

押見 僕、わりとそれが成長だと思ってたんですけどね、諦めたり慣れたりすることが。

ふみ 成長って言っていいんですかね。諦めることで、人間に対して鈍感にならざるをえない感じもあるんですよね。

押見 でも、今までが敏感すぎたから、ちょうどよくなってるという説もありますよね(笑)。

ふみ たしかに(笑)。それに昔は「未来はかならず良くなるもの」って信じてたから、しんどかったんだと思うんですよね。

押見 ふみさんが?

ふみ そうそう。愛子と同じで、「みんなが特別で、将来何にでもなれるよ」っていう個性教育を受けてきたので、「いや特別じゃないし、無理じゃん」っていう絶望が生まれるんだと思うんです。

押見 僕自身は、大学では溶け込めないし、友達できないし、留年するし、お先真っ暗だと思ってましたね。だから未来に期待するとかなかったですね。それは今もあんまり変わらないです。

ふみ そう、未来なんてないじゃんっていうところに立って、諦めがついて、初めてはじまる道があるんじゃないかと思って描いてますね。押見さんは、登場人物を救うことを考えますか?

押見 最終的に何らかの救いというか、生き延びる道は示されて終わるべきだと思っているので、どの作品もその道を探ることがいちばんのテーマになっている気がします。

ふみ 『惡の華』の春日は最後、物語を書きますよね。

押見 そうですね、あれは希望のつもりです。春日という男の子が、仲村さんという女の子の内面を想像して書いたという側面もあって。ちゃんと想像したんだよっていう意味での救いというか。

ふみ 相手の立場を想像できるようになった。

押見 そうですね。人のことを考えられるようになった(笑)。

ふみ 仲村さん、狂ってないですもんね。

押見 狂ってないですね。

ふみ そこが面白いなと思うんですよ。『ハピネス』の吸血鬼になりたい男も狂ってないし、本当は『血の轍』のお母さんも狂ってないじゃないですか。

押見 そうですね。いや、そこを看破していただいて嬉しいです。僕は狂っていると思われている人にも、その人なりの必然性や苦しみがあると思うんですよ。それは他人には分からないことだと思うので、そういう意味で狂っている人は一人もいないんじゃないかと思って描いてるんですけど。

ふみ 人間をよく見ていらっしゃるのかもしれませんね。

押見 でも『血の轍』はどうなるかまだ本当に分からないですね。救いが見つかるかも分からないし、描き終わったら引退するかもしれないとさえ思ってます(笑)。

ふみ そうなんですか?

押見 毎回そういう気持ちではいるんですけど。もうこれ以上描きたいものはないと。『惡の華』の時も全部吐き出して、その時はどこか「治った」感じがするんです。でもしばらく経つと、「なんか違うな」「まだあるな」と思って、また描き出す。『血の轍』は終わってないですけど、最後までいったら虚脱しそうだなという気がします。その描きたいものがなくなっちゃった状態で、また食い扶持を見つけないといけないのかと、すでに怯えてますね。

ふみ また「未来はない」って話になってしまった(笑)。

押見 (笑)。そうやってまた、続いていくのかもしれないですね。

2019/01/31 新潮社にて

 ***

ふみふみこ【FUMI FUMIKO】
1982年奈良県生まれ。2006年『ふんだりけったり』で「Kiss」ショートマンガ大賞・佳作を受賞しデビュー。既刊作に『女の穴』、『ぼくらのへんたい』など。『愛と呪い』を「yom yom」で連載するほか、「LINEマンガ」で『qtμt』も連載中(作画担当)

押見修造【OSHIMI SHUZO】
1981年群馬県生まれ。2002年、ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。翌年、別冊ヤングマガジン掲載の「スーパーフライ」にてデビュー。既刊作に19年秋の映画化を控える『惡の華』、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』、『ハピネス』、『血の轍』などがある。

構成/宮川直実 写真撮影/広瀬達郎

新潮社 yom yom
vol.55(2019年3月15日配信) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク