『マーダーズ』
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正しさとは、を問う不穏な小説
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
商社マンの阿久津清春は、恋人の柚木玲美がストーカーに襲われる場面に遭遇し、助けに入った。起きたのは、表面的にはそうみえる事件だった。清春のところへ、組織犯罪対策第五課の則本敦子警部補が現れる。だが、ストーカー事件の捜査のためではない。清春と則本は、玲美から自殺と処理された母の本当の死因と行方不明の姉を探すことを要求されたのだった。
長浦京『マーダーズ』では、物語がどこへ行こうとしているのか、なかなかわからない。主要な三人には、いずれも後ろ暗いところがある。作中では「留置所の調和」という言葉が紹介される。刑が確定した刑務所の囚人は上下の明確な人間関係を築こうとするが、前段階の勾留では数週間しかつきあわないから無難に衝突を回避する関係を作ろうとするという。清春、則本、玲美の関係は、それに類する微妙なもの。
日本では死因不明の異状死が年間約十七万人に上るが、一二%しか解剖されない。多くの殺人が見逃されている可能性がある。ネットでは犯罪のアイデアや技術が不特定多数向けの商品になっている。そして、『マーダーズ』は、殺人者だらけの内容なのだ。
「殺人を犯しながら穏やかに生きている人間」が許せない。犯人が法で裁かれないままなら自分が断罪してやる、と考える人間がいる。「俺たちは法の番人じゃない。人の番人だ」ともらす警察官がいる。殺人と自己流の正義が、インフレ状態に陥っている世界だ。
なにが正しいのか、正しいことに意味があるのか、頭のなかがかき回されながらも、とにかく続きが読みたい。徹頭徹尾、不穏な小説である。