鶴見俊輔伝 黒川創著 新潮社

レビュー

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鶴見俊輔伝

『鶴見俊輔伝』

著者
黒川創 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784104444090
発売日
2018/11/30
価格
3,190円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

鶴見俊輔伝 黒川創著 新潮社

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

自己の痛みを伴う批評

 私は伝記に影響を受けやすい性格だが、本書は特別だった。この反骨の哲学者の目や口の動きまでもわかる描写力に心を奪われた。読後すぐに鶴見の言葉を実践したくなった。一つ目は、批判する態度。「自分の背中から刃(やいば)を貫き、もし切っ先が余れば、相手の体にも届くように」。二つ目は、哲学する態度。「普通のひとびと、一人ひとりが生きる上で、なんらかの哲学に立っている」。三つ目は、人付き合いの態度。「ゴシップは、私のところで止め」る。自己の痛みを伴った批評、生活のドロドロから浮遊しない思考、集まってくる非難や陰口の不拡散。現代社会に著しく欠けるこれらの態度こそ、鶴見という大きな知の帆船が海底に降ろした錨(いかり)である。

 命名のときにすでに彼の運命が刻まれていたのかもしれない。総理大臣を目指していた政治家で文筆家の父・祐輔から、初代総理大臣・伊藤博文の青年時代の名前「俊輔」を与えられた。母方の祖父は後藤新平。こんな成育環境で鶴見はグレる。生まれ落ちた家は権力も金もありすぎた。鬱(うつ)。家出。自殺未遂。アメリカに逃げるように留学。投獄。鶴見に対し、こんな家柄でよくもまあ民衆を持ち上げるよね、という批判を複数聞いたことがあるが、この批判、なんだか的を外している、と本書を読んで思った。境遇を拒絶する人は多数いる。しかし、鶴見はむしろ成育環境を不治の持病であるかのように付き合いつづける現実感覚を失わなかった。

 勉強量、組織力、行動力、言語運用能力。どれもがクレイジーと呼ぶべき水準に達していたが、最も驚いたのは思考と行動の瞬発力と持久力。雑誌『思想の科学』の編集会議でのふるまい、ベ平連を組織し米軍脱走兵を匿(かくま)うときの頭の動き、スパイ発見時の対応、ちょっとした質問への答え……どんなときも、一般に期待される有り体な常識論をことごとく裏切ってきた。

 言葉と運動の海原を、変化自在に操舵(そうだ)した思考者の一代記。再読必至の濃密度だ。

読売新聞
2019年2月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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