吉田松陰『孫子評註』を読む 森田吉彦著 PHP新書

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吉田松陰『孫子評注』を読む

『吉田松陰『孫子評注』を読む』

著者
森田 吉彦 [著]
出版社
PHP研究所
ジャンル
哲学・宗教・心理学/倫理(学)
ISBN
9784569841922
発売日
2018/12/16
価格
1,188円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

吉田松陰『孫子評註』を読む 森田吉彦著 PHP新書

[レビュアー] 加藤徹(中国文化学者・明治大教授)

時代を超えた結節点

 今年は吉田松陰の没後160年だ。小説やドラマでは青春全開の熱血教師のイメージだが、史実での本業は兵学者だった。兵法の古典『孫子』は、幼いころから座右の書だった。

 幕末の日本は内憂外患に揺れた。兵学は泰平が続いたせいで役に立たない「こたつ兵法」になりさがっていた。日本の未来は? 数々の困難を乗り越えて国を守りきり、かえって世の中がよくなるのか。逆に、現在の安寧にしがみつき、瓦解を食い止める機会を永遠に失ってしまうのか。深刻な危機意識を抱いた松陰は、『孫子』に批評と註釈(ちゅうしゃく)を加え、松下村塾の塾生らと熱く語り合った。泰平の時代の日本人が気づかなかった読解を発見し、実践した。

 『孫子』は「用間」つまりスパイによる情報戦を重視する。松陰は日本全国をめぐり防備の実態を調べ、世界の実情を探るためロシアのプチャーチンやアメリカのペリーの船へ密航をくわだてた。また『孫子』の「死地」の考えに、日本の窮状を救う鍵を見出(みいだ)した。人も国も、存亡の瀬戸際で最大限の力を発揮する。そのためには誰かが率先して死地に陥らねばならぬ。

 結局、松陰は満29歳の若さで刑場の露と消えた。その後、弟子の高杉晋作は、幕府軍との戦いで『孫子』の兵法を活用して勝利し、明治維新への流れを決定づけた。

 著者は、危機の時代に劣勢の祖国を守ろうとする兵法家たちには、時代や国家を超えた共感の連なりがあると指摘する。三国志の諸葛亮の戦いを、南宋の陳亮が賞賛し、その陳亮を松陰や西郷隆盛ら幕末の志士が賞賛した。また著者は、現在の日中関係は、戦争状態ではないが対峙(たいじ)関係にある、という認識を示す。

 今の日本が危機的状況かどうかはさておき、人々が戦いというものを考察するうえで『孫子』が時代を超えた結節点となってきたこと、今後も変革の化学反応の触媒として読み継がれてゆくことは、確かであろう。

読売新聞
2019年2月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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