オマリー伝説の「六甲おろし」からチーム公式ソング、選手登場曲まで 200曲を超える“野球音楽”を網羅した一冊

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

オマリー伝説の「六甲おろし」からチーム公式ソング、選手登場曲まで 200曲を超える“野球音楽”を網羅した一冊

[レビュアー] 高橋安幸(ノンフィクション作家)

野球界随一の迷曲(!?)、トーマス・オマリー「オマリーの六甲おろし」
野球界随一の迷曲(!?)、トーマス・オマリー「オマリーの六甲おろし」

 野球場は常に音楽に満ちて、球と音の親しい関係はこれからも変わらない──。圧巻の本書を読み進めて、そんな思いを強くした。

 本書『いとしのベースボール・ミュージック 野球×音楽の素晴らしき世界』は、『週刊ベースボール』誌上で隔週連載中の野球音楽コラムを一冊にまとめたもの。連載は2001年に始まり、これまでに400曲(枚)以上が紹介されてきた。本書はそのうち234本のコラムを掲載しているが、この4月で連載18年目に突入するという事実がまず凄い。

 著者のスージー鈴木氏は、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲解放区』、『イントロの法則 80’S~沢田研二から大滝詠一まで』などの著書で知られる音楽評論家。だが、書き手としての原点には野球音楽があり、最初は1998年創刊の雑誌『野球小僧』(現・『野球太郎』)に掲載の〈野球音楽徹底バイヤーズガイド〉だった。同誌の制作にライターとして携わり、以前からスージー氏と接点があった筆者自身、その全8ページの内容と構成に圧倒された。

連載の記念すべき第1回、大滝詠一「Baseball-Crazy」
連載の記念すべき第1回、大滝詠一「Baseball-Crazy」

 単に音楽作品を羅列するのではなく、ヘタウマ、ジャケット、打順といった7つのテーマごとに分類し、各々3作品をセレクト。一野球ファンとして懐かしいものから笑えるもの、意外なものまで数多くあり、そのなかでヘタウマに含まれるトーマス・オマリー(元阪神ほか)「六甲おろし」は、〈音程、発声、歌唱技法。どれをとっても最悪で、逆にだからこそ、この音源は野球ファンの間で根強い人気を誇っている〉と紹介されていた。一聴した途端、ただ笑うしかない迷曲だ。

 そしてこのオマリーの「六甲おろし」こそは、その1年前の97年9月、スージー氏が出演していたラジオ番組でオンエアするや、過去にない数の反響があった曲でもある。まして驚くべきことに、反響の中には大滝詠一氏本人からのメールがあり、スージー氏は直々に野球音楽に関する助言を得ている。つまり著者が世に問うてきた野球音楽は、今は亡き高名なミュージシャンも認めていたジャンルなのだ。

 まさに、連載第1回目のお題になり、本書の最初に登場するのも〈Baseball-Crazy/大滝詠一〉。大滝氏自身、マニアックなまでのプロ野球ファンだったから、野球音楽を体現する曲といっていい。そこからロック、ポップス、歌謡曲、プロ野球選手が出したレコード、球団応援歌などが次々に登場していくのだが、陰ながら筆者は心配だった。いったい、いつまで続くのか、ネタは尽きないのかと(メールで「こんなの見つけました」と野球音楽をお知らせしたこともあった)。スージー氏自身、〈そもそも野球音楽なんて、そんなに数がないだろう──〉と書いているのだが、現実には18年も続くほどにあったのだ。

各年度の初めには表彰選手のリストを記載。写真は2016年度のもの
各年度の初めには表彰選手のリストを記載。写真は2016年度のもの

 最大の理由は、一読すればわかる通り、著者が球場観戦を好む野球ファンだということ。たとえば、球場では応援歌も選手登場曲もしっかり聴けるから、シーズン中はそれだけでネタになる。その上、著者はロッテファンだが12球団ファンでもあり、全ホームグラウンドで観戦経験があるだけに得られる情報量が多い。プロだけでなく高校野球も甲子園で観ているし、もちろんリアルな現場以外でも球界のニュース、話題に敏感に反応し、選手ブログに端を発するコラムに絶妙な間で音楽がからむこともある。2011年12月12日掲載の〈KENTAとピアニスト/清塚信也〉は、マツダスタジアムに詰めかける若いカープファンに読んでもらいたい一文(一曲)だ。

 もうひとつ、長く続いた理由として、著者の野球に対する真剣な眼差しがある。2004年11月1日掲載の〈白いボールのファンタジー/トランザム〉は、その年、パ・リーグのファンが球場で歌い続けたリーグ連盟歌(1978年作品)。近鉄とオリックスの合併表明に端を発する04年の球界再編、新球団楽天が誕生する寸前の、史上初のスト決行でも合併凍結がかなわなった事態を、〈礒部公一の、涙を〉という一節で描き切っている。ストを知らないファンが読むべき一文、ストを忘れたファンが聴くべき一曲だ。

2010年のJ SPORTS野球中継テーマ曲、フジファブリック「Sugar!!」
2010年のJ SPORTS野球中継テーマ曲、フジファブリック「Sugar!!」

 各年の扉ページに、同年の日本一チームから両リーグの順位表、タイトルホルダーが記載されている。この年は野球的にこうだった、と思いを馳せながら読み始められるのもいい。これも野球への真剣な眼差しだと思うし、すべての音楽作品に対してカテゴリー分けが示されているのは親切。すなわち、プロ野球、高校野球、応援歌、登場曲、公式曲、主題歌、その他、と7つのカテゴリーに分けられるほど、野球音楽は多岐にわたっている。

 個人的に、2010年J SPORTS野球中継テーマ曲、フジファブリックの「Sugar!!」は好きな野球音楽ベスト3に入るのだが、09年にヴォーカリストが急逝。残る3人のメンバーで作った「Sugar!!」そっくりの「電光石火」が、18年J SPORTS野球中継テーマ曲になっていたこと。そこまでちゃんと書いてくれているスージー氏のコラム、連載が続く限り追いかけていこうと思う。

リットーミュージック
2019年3月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

リットーミュージック

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク