『天命』
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天命 岩井三四二(みよじ)著
[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)
◆毛利元就 波乱の人生丹念に
三本の矢を使い、息子たちに結束の重要性を説いた逸話で有名な毛利元就(もとなり)だが、その生涯を詳しく知る人は少ないのではないか。斬新な切り口の戦国ものに定評がある著者の新作は、元就の波乱に満ちた人生を丹念に描いている。
安芸国北部に小さな領地を持つ国人(こくじん)の毛利家は、西国で覇を競う大内家、尼子(あまご)家の二大勢力に翻弄(ほんろう)されていた。
亡兄の子で、幼き毛利家の当主・幸松丸(こうまつまる)を補佐する元就は、初陣で三倍の敵を撃退する武勲をあげた。だが弱小の毛利家を率いる元就は、裏切った弟を攻めたり、居城の郡山城を敵に包囲されたりと、苦労と忍耐を強いられる。
情勢によって大内に付いたり、尼子に付いたりし、自分の利害を優先する一門や周辺の国人を気遣いながら毛利家を運営する青年期の元就は、現代の中間管理職に近い。そのため三十代、四十代の読者は共感が大きいだろう。
ただ元就にあるのは、悲哀だけではない。元就は常に寡兵で大軍に挑むことを迫られるが、巧みな戦略で勝利を重ねる。元就が等身大な武将だけに、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な大国に一泡吹かせる合戦シーンには、圧倒的な迫力と爽快感がある。
やがて自分の采配は大内、尼子を凌(しの)ぐと考え始めた元就は、子供を人質に出さなくても、国人たちが争わなくてもよい世を作るため、毛利家を強大にすることこそが天命と考えるようになる。謀略と合戦を駆使する元就が、大内家の実権を握った陶晴賢(すえはるかた)と厳島(いつくしま)で戦い、そして尼子の本拠・富田(とだ)城を攻めるところがクライマックスとなっている。
元就は当時としては老齢の五十歳頃から、合戦による敵対勢力の排除、子供を有力国人に養子に出しての懐柔、乗っ取りなど硬軟取り混ぜた手法で、本格的な領土拡張と毛利家による支配体制の強化を行う。隠居後も最新の情報を吸収し、子供たちの性格を見抜いて適材適所に配置する明晰(めいせき)な判断力を維持したまま精力的に働いた元就は、少子化でシニアの経験とスキルが求められている現代に、どんな老後を送るのが幸せなのかを問い掛けているのである。
(光文社・2052円)
1958年、岐阜県生まれ。作家。著書『天下を計る』『政宗の遺言』など。
◆もう1冊
岸田裕之(ひろし)著『毛利元就』(ミネルヴァ書房)。毛利氏研究の泰斗による評伝。