革命後の急激で大きな変化についていけない人間の脆さ

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  • どこに転がっていくの、林檎ちゃん
  • クロコダイル路地
  • 警視庁草紙

書籍情報:版元ドットコム

革命後の急激で大きな変化についていけない人間の脆さ

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 レオ・ペルッツは、一八八二年プラハ生まれのユダヤ系作家だ。幻想的な歴史小説や冒険小説で全ヨーロッパ的な人気を博した。本邦初訳の『どこに転がっていくの、林檎ちゃん』は、「007」シリーズのイアン・フレミングも絶賛したという最大のヒット作。

 第一次世界大戦が終わる間際、オーストリア陸軍元少尉のヴィトーリンがシベリアの捕虜収容所から故郷に帰ってくる場面で物語は始まる。帰還してまもなく、ヴィトーリンはモスクワへ向かう。仕事も恋人も放り出して、自分に屈辱を与えた収容所の司令官に復讐するために。ロシア革命勃発後の混乱した社会を背景に、戦場から日常に戻れなかった男の旅を描く。

 ヴィトーリンはウクライナの前線地帯で赤軍(ソヴィエト軍)に捕らえられ、しばらく監獄で暮らす。牢名主になっている相場師、〈死人〉と呼ばれる元宝石屋、教会で物乞いをしていた浮浪者の老人など、気まぐれな司令官によっていつ銃殺されるかわからない囚人たちのやりとりが印象深い。急激で大きな変化についていけない人間の脆さがあらわになるからだ。

 暴力をもって革命を推進する赤軍、奪われた権力を取り返そうとする白軍、皇帝の時代から地下活動をしていたテロリスト。自分だけの目的のために行動するヴィトーリンは、党派に属して戦いを繰り広げる人々のなかで異彩を放つ。林檎のように転がっていく復讐劇の行方は? 無常感漂う結びの三行が素晴らしい。

 革命と復讐といえば皆川博子『クロコダイル路地』(講談社文庫)も思い出す。フランス革命に翻弄された少年少女の物語だ。〈嵐は、見えない。目に映り肌が知るのは、震え折れる木々の枝、吹き殴る雨、呼吸が止まりそうな圧力だ〉というくだりは、力を持たない人々にとって革命とは何かをあらわした名文。明治維新後の東京を舞台にした山田風太郎の連作短編集『警視庁草紙』(上・下、角川文庫)を読めば、激烈な変革の裏には必ず呼吸が止まりそうな圧力によって押しつぶされた個人がいることを想像せずにはいられない。

新潮社 週刊新潮
2019年2月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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