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“読み合い”の心理戦が白熱する、将棋ミステリ
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
藤井聡太七段が巻き起こした未曾有の将棋ブームは、小説界にも着実に波及。塩田武士『盤上のアルファ』(講談社文庫)は最近NHKBSでドラマ放送されたが、2月に出た井上ねこのデビュー長編『盤上に死を描く』は、発売たちまち重版したとか。
物語の始まりは、ひとり暮らしの71歳の女性が殺害された事件。手には安価なプラスチック製将棋セットの「歩」を握り、ポケットには「銀」。2週間後、今度は75歳の女性が殺された。遺体のそばには、またしても「歩」が……。
名古屋市内で次々に起こる老女連続殺害事件。現場に残された将棋の駒にどんな意味があるのか? 被害者を結ぶ“見えない共通項”とは?
というわけで、このミッシング・リンク探しが中盤の山場。愛知県警捜査一課の女性刑事・水科優毅(みずしなゆき)は、ある突拍子もない可能性に気づく……。
この発想だけでも度肝を抜かれるが、小説後半では、「犯人と女刑事との“読み合い”にシビれました」と女流棋士・香川愛生(まなお)の帯の推薦コメントにあるとおり、将棋さながらの知恵比べが白熱する。
ちなみに、著者の井上ねこは1952年生まれ。本書により、『このミステリーがすごい!』大賞史上最年長の65歳で第17回の同賞優秀賞を受賞している。
タイトルつながりで言えば、宮内悠介のデビュー作『盤上の夜』(創元SF文庫)は、囲碁、チェッカー、麻雀などさまざまな卓上ゲームを題材にした連作短編集。将棋ミステリに比べるとたいへん珍しい将棋SFの短編「千年の虚空」が収められている。北海道の孤児院で育った兄弟を軸に、“量子歴史学”を用いて将棋千年の歴史を分析し、将棋の“完全解”を発見しようとする物語。
その宮内悠介に大きな影響を与えたのが、『囲碁殺人事件』に始まる竹本健治のゲーム三部作。天才囲碁棋士・牧場智久が探偵役をつとめるシリーズだが、第二作にあたる『将棋殺人事件』(講談社文庫)では、都市伝説をモチーフにしつつ、詰め将棋に関する蘊蓄がたっぷり語られる。