『東京発 半日徒歩旅行』
書籍情報:openBD
寝坊した日曜日を有意義に過ごす東京近郊の観光スポット 半日でまわれる名所
[レビュアー] 澤田真一(ノンフィクション作家)
旅行に行きたいけれど、行けない。その最たる理由は「時間がないから」ではないだろうか。
飛行機のチケットは、航空会社の工夫で安価にすることができる。しかし時間は誰に対しても平等な存在で、人為的に増やすことはできない。我々現代人は、限られた時間の中でせわしく働き回っているのだ。
これでは、旅行は無理なのではないか?
そんなことはない。たとえば世界有数の大都市である東京の周辺にだって、魅力的な史跡や観光スポットが数多く存在する。晴天の日曜日、朝寝坊して貴重な午前のひとときを費やしてしまったとしても、半日でまわれる名所であれば気軽に足を運ぶことができるはずだ。
今回は『ヤマケイ新書 東京発 半日徒歩旅行』(佐藤徹也著・山と溪谷社刊)から、文字通り半日で旅ができる東京近郊の観光スポットをいくつか紹介していきたい。
武蔵小金井の「建造物博物館」
都市開発とは、既存の建物を解体・除却する行為ともいえる。
その土地にショッピングモールを建設する計画が浮上したが、地域住民が「あの有名な歴史人物の実家が建っているから」という理由でそれに反対する。今でもそうしたことは全国各地で起こっている。
それを解決する手段として、「移築」という技術が存在する。建物をそっくりそのまま別の土地に移してしまう方法だ。
『ヤマケイ新書 東京発 半日徒歩旅行』では、一番最初に東京都小金井市の江戸東京たてもの園を紹介している。ここでは移築された歴史的建造物を展示公開する。
<東京が江戸と呼ばれていたころから、この都市は火災や地震、戦災、都市開発などで、年月を重ねた価値ある建造物を失ってきた。ここは、幸いにもそんな惨禍から生き延びた建物を移築保存することを目的に作られた公園だ(16ページより引用)>
江戸時代の茅葺屋根の住居から、二・二六事件で青年将校に殺害された高橋是清の自宅まで、歴史を感じられたり、日本史にその爪痕を刻む建造物が一堂に会する。
最寄り駅のJR武蔵小金井駅は、新宿駅から電車1本30分以内の場所だ。23区在住の人々にとって、寝坊した日曜日を有意義に過ごすにはちょうどいいスポットではないか。
人混みを避ける「穴場ルート」も
『東京発 半日徒歩旅行』では、首都圏にある全51コースの名所を取り上げている。
日本の歴史は世界的に見ても長いほうで、しかも今の東京都を中心にした関東地方は京都や大阪に対抗する「第2の日本」だった。平将門の乱から戊辰戦争に至るまで、日本史とは「西VS東の争い」だったと言うべきだろう。
そのような話をして、ぱっと思いつくのが鎌倉である。
<都心から日帰り可能な観光地として、国内はもちろん、最近は海外からの旅行者にも人気が高い古都・鎌倉。たしかに見どころも多く、飽きさせない街ではあるいっぽう、その至便さが仇となって、休日はもちろん平日でも人気スポットは大勢の人であふれかえることが多い(36ページより引用)>
言われてみれば、ここ数年は鎌倉にも外国人観光客の姿が目立つようになった。インバウンド事業の点から見ればいいことかもしれないが、著者の佐藤氏が指摘するように「楽しみよりも先に雑踏に疲れてしまうのもたしか」というのもまた事実である。
そこで佐藤氏は、鎌倉観光の要点を抑えつつも人通りの少ない裏山コースを本の中で提案する。
詳しくは本を読んでいただきたいが、江ノ島電鉄の長谷駅から鎌倉大仏を回り、最終的に銭洗弁財天を目指す経路である。
地元住民にはよく知られたコースだそうだが、かつて神奈川県民だった筆者は知らなかった。当時の彼女と鎌倉でデートもしているのだが……。
運動がてらの玉川上水巡りへ!
最後にもうひとつ、『東京発 半日徒歩旅行』の中で特にオススメのスポットを挙げたい。
それはJR青梅線羽村駅から散策する玉川上水だ。
江戸は17世紀末まで、慢性的な水不足に悩まされていた。そこで徳川幕府は、庄右衛門と清右衛門という兄弟に上水道設備の建設を命じる。
<分水近くには、玉川上水の工事を請け負った庄右衛門・清右衛門兄弟の像が建てられている。羽村から四谷までの標高差はわずかに100m。当時の知識と道具で、よくぞ途中で水を滞らせることなく開通させたものである(157ページより引用)>
そうしてできた上水道は、江戸に24時間365日生活用水を供給した。同じ頃、イギリスのロンドンでも上水道施設はあったが、限られた日時にしか水が供給されないというものだった。自然科学研究の分野では常にヨーロッパの後塵を拝した江戸期日本だったが、こと生活インフラに関してはヨーロッパを上回る技術と合理性を発揮していたのだ。
ウォーキングコースとしても、この玉川上水巡りは最適である。たまの運動がてらのつもりで、ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。