3人の実力派小説家が描く「東京」の未来予想図

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リアルな日常を見つめながら未来を透かし見る作者の目

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 吉田修一『橋を渡る』の舞台は東京だ。四部構成の第一部では、二〇一四年、一組の夫婦と、居候の甥っ子の日常が綴られる。第二部の主人公は都議会議員の妻で、ニュースになったセクハラ野次の声の主が夫ではないかと疑っている。第三部では多くの社会問題と向き合うテレビ局のディレクターが、婚約者から意外なことを告げられる。どの章も、現実の時事問題を彷彿させる出来事を盛り込みつつ、大きな権力を持たない市民の苦悩が描かれる。

 驚くのは第四部だ。舞台は七十年後の東京。人々の生活、家族観や恋愛観が変化しているなか、第三部までの登場人物たちのちょっとした行動や決断が、この未来の世界に少しずつ影響を及ぼしていることが分かる。未来の社会を創るのは、権力者だけではない。誰もが今この瞬間、未来へと繋がる「小さな橋」を作っているのだ。リアルな日常を見つめながら未来を透かし見る作者の目に敬服する。

 東京を幻視する作品としては、奥泉光『東京自叙伝』(集英社文庫)もある。人間や動物に乗り移ってきた〈東京の地霊〉らしき存在が、幕末から今に至るまで、さまざまな身体に宿りながら、この土地に起きた出来事を見つめていく。関東大震災、戦後の混乱、高度成長期にバブル、そして東日本大震災――。「なるようにしかならぬ」と嘯き、無反省、無責任を貫く姿勢は、地霊だけでなくこの都市を生きる人々に通じるものがあるのではないか。極上の話芸で一気読みさせるなかで、未来に向けての危機感を明示する長篇だ。

 東京のどこかの商店街が舞台となるのは星野智幸『呪文』(河出文庫)。廃れかけた商店街に現れたのは若きカリスマ的リーダー、図領。居酒屋のオーナーであり、商店組合の事務局長でもある彼は、悪質なクレーマーを撃退したことで賞賛を集め、次々と商店街の改革に着手。そのひとつが自警団の結成だが、集団は過激化する。地域、世代間対立、ネットなど現代的な問題を盛り込み、正義感と信念が暴走した果ての悪夢を描き出す。それは決して、絵空事とは思えない。

新潮社 週刊新潮
2019年3月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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