木下サーカス四代記 山岡淳一郎著 東洋経済新報社

レビュー

6
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木下サーカス四代記

『木下サーカス四代記』

著者
山岡 淳一郎 [著]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784492503058
発売日
2018/12/21
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

木下サーカス四代記 山岡淳一郎著 東洋経済新報社

[レビュアー] 戌井昭人(作家)

 小学生の頃と30代半ばに、木下サーカスを観(み)に行ったことがある。大人になって空き地に建てられたテントの中に入った瞬間、かつて感じた、あやしくもワクワクした気持ちが蘇(よみがえ)り、子供の自分と大人の自分が繋(つな)がった。

 木下サーカスは現在も各地を移動し、テントを建て、公演している。百年以上続く家族経営で、いまは四代目。浮き沈みがあり、存続の危機もあったが、時代に応じて変化を重ね、年間の観客動員数は120万人というから驚きだ。

 初代木下唯助は子供の頃に動物見世物の一団に加わり「香具師(やし)」の世界に入る。その後、興行師の木下藤十郎と出会い、養子になると、軽業一座を結成し、1902年にロシアの租借地であった大連で旗揚げをする。これが木下サーカスの創業とされる。唯助自身も曲馬を演じ、象やアシカの動物調教もした。

 あらくれ者の多かった時代、北九州の興行では地元の博徒と揉(も)め、弟を亡くしている。ロシアや中国をまわる興行では、放火されたり、野宿する羽目になったり、苦闘を強いられるが、へこたれるような唯助ではない。最終的には、岡山に映画館、旅館、浴場、料理屋をひらくなど実業家としても活躍する。とにかくスケールが大きいのだが、空襲で焼け野原となったときは、流石(さすが)の唯助もサーカスの再興を断念しかける。しかし娘婿の光三が二代目となり奮闘、新聞社の提携をとりつけるなどして、ビジネスの原型を作り発展させる。だが三代目、光宣のときに興行の失敗で、10億円の債務を背負う。光三は挽回するために無理をして45歳で亡くなる。その後、弟の唯志が四代目となり起死回生、10年で債務を完済する。

 木下サーカスの四代に渡る軌跡が記された本書。百年以上も家族経営で続いているということに凄(すさ)まじさを感じる。経営の本質がココにあるのかどうかはわからないが、人間の本質が濃密に詰まっていた。

読売新聞
2019年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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