歌仙はすごい 言葉がひらく「座」の世界 辻原登・永田和宏・長谷川櫂(かい)著

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歌仙はすごい

『歌仙はすごい』

著者
辻原登 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784121025241
発売日
2019/01/21
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

歌仙はすごい 言葉がひらく「座」の世界 辻原登・永田和宏・長谷川櫂(かい)著

[レビュアー] 佐藤文香(俳人)

◆予測できぬ名シーン生む

 歌仙とは連句の代表的な形式であり、お酒を飲みながら、話しながら楽しめる座の文芸である。作家・歌人・俳人が集うとどうなるだろう。

  碑のほとり葦舟(あしぶね)寄せて

  諸子喰(もろこく)ふ     登

   岸辺に近く蘇芳(すはう)幾本

          和宏

  昼酒の酔ひさまさんと

  春風に      櫂

 第一章は、永田和宏の妻・故河野裕子(かわのゆうこ)を悼み、琵琶湖のほとりの酒蔵「余花朗(よかろう)」にて巻いた「葦舟の巻」。横浜から来た辻原登が詠んだ発句(ほっく)(五・七・五)を、関西在住の永田が脇句(七・七)で迎え、そこから長谷川櫂が第三句へと展開させる。全三十六句のなかで花・月の定座や恋の句を経ながら季節を巡らせてゆく。前の句に付ける際、二句前の句を引きずらないよう主体を転換させるので、参加者の誰もが予測のできない三十五の名シーンの束ができあがるのが歌仙の面白さだ。

 長谷川は、最近では岡野弘彦・三浦雅士らとも歌仙を巻くなど、「俳諧においては老翁が骨髄」(『宇陀法師(うだのほうし)』)と明言した芭蕉(ばしょう)さながら、各所で宗匠(そうしょう)を務める。宗匠は季節が戻らぬよう、同じ言葉が続かぬよう、全体の構成を気にしながら改作を提案する。また、座の雰囲気を生かし、ときに規則を破る捌(さば)きは見どころである。

 回を重ねるにつれ緊張も解け、名残(なごり)の折(おり)の表(おもて)(十九~三十句)でカタカナの入った句が六句も続く「御遷宮(ごせんぐう)の巻」、<Rugby(ラグビー)や頼みの綱の五郎丸(櫂)>で始まる「五郎丸の巻」と、ドライブ感が増す。秋田県の矢島(やしま)にて公開で行われた「短夜の雨の巻」では、会場とのグルーヴ感が見てとれる。歌仙は、ラップバトルに似ているのではないだろうか。ただ、ぎっくり腰になったり約束の日を忘れていたりしても、歌仙であれば電話やメールで参加可能のようだ。

 本書は、完成した作品を一通り楽しんだあと、制作現場のやりとりや推敲(すいこう)を追体験できる。平成の文人たちと時空を共有し、物語と人間味を一気に浴びると、なぜか元気が出てくる。歌仙はすごい。
 (中公新書・950円)

<辻原> 1945年生まれ。作家。永田 47年生まれ。歌人、細胞生物学者。長谷川 54年生まれ。俳人。

◆もう1冊 

岡野弘彦・三浦雅士・長谷川櫂著『歌仙 永遠の一瞬』(思潮社)

中日新聞 東京新聞
2019年3月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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