小林由香インタビュー「とにかく子どもたちには、生きていて欲しいんです」(『救いの森』刊行記念特集)

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救いの森

『救いの森』

著者
小林由香 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413329
発売日
2019/02/13
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小林由香インタビュー「とにかく子どもたちには、生きていて欲しいんです」(『救いの森』刊行記念特集)

[文] 西上心太(文芸評論家)

小林由香
小林由香さん

『ジャッジメント』で衝撃的なデビューを飾り、二作目『罪人が祈るとき』と読者を魅了してきた小林由香。家族をテーマに胸震える作品を描き続けてきた著者の、最新作『救いの森』が刊行された。

子どもたちが自らSOSを発信することができたなら――『救いの森』は、いじめ・虐待に苦しむ子どもたちを一人でも多く救うべく、児童救命士と呼ばれる人々を主人公に、近い将来の日本を描いた社会派サスペンス。生きづらい現代に希望を照らす本作の魅力に迫る。

 ***

西上心太(以下、西上) 『ジャッジメント』『罪人が祈るとき』そして本書『救いの森』と、三作品ともいじめやドメスティックバイオレンス、あるいは身内を殺された遺族など、理不尽な暴力にさらされた家族や肉親に関わるテーマを続けて取り上げています。なかなか書くのにしんどいテーマかと思いますが。

小林由香(以下、小林) 人生は常にバラ色ではなく、すごく理不尽なことが多いなと思うんです。一所懸命生きてきた人たちが自然災害で傷ついたり、子どもが重い病気にかかったり。子どもに対する虐待も、理不尽なことの一つです。そういうことがなぜ起きるのだろうと思うと、心の中に怒りと悔しさが湧いてきます。その持って行きようのない悔しさが「書きたい」という衝動につながって、書き始めることが多いのです。最終的には自分の主義主張は入れないようにしようと心がけているので、最初に考えたようなストーリー通りに進むことはないのですが。

西上 本書『救いの森』は児童保護救済法という法律が施行され、児童保護署が全国に配置されている社会という設定ですね。さらに小中学生が身につけることが義務づけられているライフバンドというアイテムも登場します。こういう設定はどのような過程で思いつくのですか。

小林 親といえども、子どものすべての気持ちをくみ取り、理解することはとても難しいと思います。気持ちがわからずに子どもが自殺してしまうようなことがあったら一番辛いでしょう。そんな事態を防ぐために、子どもたちに腕に巻くバンドのような物を渡したらどうだろうかと考えました。たとえば死んでしまいたい、苦しい、と思っていても言葉にできず、上手く人に伝えられない時、身につけるだけで親や周囲の人が気づくアイテムがあればいいなと思いました。でも親が問題の場合もあるので、子ども自身が操作するとGPS機能によって、もよりの児童保護署に緊急連絡が届くような設定にしました。

西上 デビュー作の『ジャッジメント』も復讐法という架空の法律の存在が前提となる作品でした。現実とは違う世界ですと、人々はどういう行動をとるのか、どういう社会になるのかなど、小説に現れない部分の検討やシミュレーションが大変なんじゃないかと思うのですが。

小林 仰るとおりで今回も大変でした。

編集部 『ジャッジメント』の印象が強かったためか、もしこうだったらという話がお得意なことは書店員の皆さんも認識しているようです。近未来の日本を想定して現代的なテーマで書くという小林さんの「色」が、本書でさらに強まったかもしれません。

西上 本書の主人公は児童保護署に配属された長谷川創一という新人児童救命士です。彼が新堂敦士という先輩救命士とコンビを組んで、SOSを発する子どもたちと向き合います。子どもの命と対峙する重い職種だけに、社会に出て初めて直面する現実におののき、長谷川は自分の至らなさを痛感していきます。本書は長谷川という新人の成長小説という側面もありますね。

小林 私はダメな部分が多く、人前に出るとものすごく緊張してしまいます。ひどい時は頰が引きつってしまったりするぐらいで、なんでこんなに格好悪いんだろうって、家に帰って本当にへこんでしまうこともありました。ですから長谷川の気持ちがよくわかるんです。

西上 第二章で初めて緊急出動のサイレンが鳴るシーンが印象的でした。

小林 ライフバンドが使用されると、サイレンが鳴るんですが、長谷川はそのサイレンの音が子どもの悲鳴にしか聞こえなくて、手足を震わせながら現場に向かいます。でも仲間に支えられて子どもたちに寄り添ううちに、サイレンの音は悲鳴なんかじゃないという、自分なりの答えにたどり着きます。たぶんその時に長谷川は少し強くなったと思うんです。これからもっと苦しい思いもするでしょうが、その時たどり着いた答えが、仕事をする上でずっと支えになってくれるのではないかと思いました。最後は「長谷川頑張れ!」って心の中で応援しながら書いていました。

西上 先輩の新堂というキャラクターも、一見全く真面目に見えない、正体のつかめない人物でした。

小林 彼は一見やる気がなさそうだけど、優秀な新人を育てて世に送り出したいという気持ちが強いキャラクターにしたいと思いました。その詳しい理由ははっきりとは書いていませんが、最後までお読みいただけたらきっと伝わると思います。

西上 頭から順番にこういう人物ですって書くのではなく、エピソードが進むにつれて、彼の凄絶な人生が明らかになっていく工夫が巧みでした。

小林 新堂の過去をどうすればいいのか、行きつ戻りつして苦労しましたが、こういう過去があったので、現在の新堂があると示せたかなと思います。

西上 さまざまな理由で子どもたちはライフバンドを鳴らしてSOSを発信します。ネタバレになるので多くは語れませんが、単純ないじめ問題かと思ったら実は……とか、各エピソードの底にある問題や謎解きのパターンが全部違うので、苦労があったかと想像します。

小林 私自身が「どうなるんだろう」と思いながら読むのが好きなので、謎を大事にして読者の方が飽きないように、物語の底に流れるテーマは同じだけど、バリエーションを意識して書いたつもりです。

西上 小林さんは小説推理新人賞を受賞してデビューしました。その時の短編「ジャッジメント」の前日譚を加筆したのが初の著作となる連作短編集の『ジャッジメント』でしたが、それ以前にシナリオの新人賞を受賞されていました。物書きになろうと思ったきっかけはなんでしょうか。またどんな本に影響を受けたのでしょうか。

小林 映画は子どものころから大好きでよく見ていました。二十六歳の時に会社を辞めて上京し、昼間にアルバイトをしながら、夜に脚本について学べる学校で勉強をして、二〇〇四年に「放送脚本新人賞」で佳作を取ったのが最初でした。二年後、映画祭のシナリオコンクールで受賞し、その時に選評してくださった方から、小説は書かないのと言われたのがきっかけで、小説も書き始めました。本の方は恥ずかしいのですが、あまり読んでこなくて大変後悔しています。そんな中で唯一、二十代のころに読んだ、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』が好きです。

西上 シナリオ出身者だけあってか、特に本書には心に残る台詞が多いのが印象的でした。その中でも子どもに言及する台詞が強く響きました。「子どもは再生する力を持っている」「親が大人になりきれないならば、子どもが大人になるしかない」などです。

小林 とにかく子どもたちには生きていて欲しいんです。生きたいという願いさえ叶えられない世界って、絶対に間違っています。それだけは叶えてあげて欲しい。現実でもDVやいじめによる悲惨な事件が起きています。そういう重いテーマを扱って見つめ直す作業は辛いですが、「忘れたくない」という思いで書いているといっても過言ではないかもしれません。それと、答えのないことを考え続けることが大事だと思っています。長谷川も正しい答えにはたどり着けなくても、自分でこれだという答えをつかんだら、心に色々な感情を支える柱のようなものができて、強くなれると思います。

西上 本書からも、そんな小林さんからのメッセージが強く伝わってくるはずです。

小林 「考え続けること」は、もしかしたら身近な人を幸せにできる力になるかもしれないし、自分自身が生きていく上でも有益だと思います。一生答えにたどり着けない問題もあるかもしれませんが、考え続けることをやめたくないと思っています。これからどんなテーマで作品を書くかはわかりませんが、常にこのことを忘れずに進んでいきたいです。

聞き手=西上心太(文芸評論家)

角川春樹事務所 ランティエ
2019年4月 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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