虐待を受けている子供たちを救う物語 現実社会が抱える問題を描く

レビュー

4
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救いの森

『救いの森』

著者
小林由香 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413329
発売日
2019/02/13
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

虐待を受けている子供たちを救う物語 現実社会が抱える問題を描く

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 小説を読みながら、ここまで現実社会で起きていることを切実にリンクさせて考えたことがあっただろうか。今、各メディアでは連日、親による児童虐待死事件について報道がなされている。小林由香の新作『救いの森』は、まさに虐待を受けている子どもたちを救おうとする人たちの物語。だが、現実世界とは少々異なる設定が施されている。二〇一一年に小説推理新人賞を受賞した短篇に四章を加えた連作集『ジャッジメント』で、架空の法律“復讐法”を描き話題を集めた著者らしい、社会派のエンターテインメントだ。

 主人公の長谷川創一は新人の児童救命士。これは架空の職業だ。作中の日本では、児童虐待が問題視され法的改善を求める世論が高まり、三年前に「児童保護署」が開設されている。全国の各署に配属されるのは厚生労働省の専門職員である児童救命士だ。各地の児童保護署の多くは鶯色の建物で、「救いの森」と呼ばれている。

 彼らの任務はもちろん子どもたちの命を守ることであるが、その特徴は、市民からの通報を受けて動くのではなく、子どもたち自らのSOSを受けて出動すること。そのSOS発信の手段が、「ライフバンド」。すべての義務教育期間中の子ども、つまり小学一年生から中学三年生までの子どもたちに配られるそれは、着脱可能だがつねに腕に装着しておくことが基本ルール。何かあった時に半球型のふたを押し上げて親指を当てると、サイレン音が鳴ると同時に自動的に保護署に連絡がいき、GPS機能によって居場所が特定され、児童救命士がただちに駆けつける、というシステムだ。

 新米である長谷川は、小学校に赴いてライフバンドの説明をするも、おぼつかない。そんな彼を手助けするでもなく退屈そうに眺めているのは、開署時からいるベテラン、新堂敦士。児童救命士はふたり一組で行動することがルールであり、長谷川の相棒となったのが新堂なのだが、特に指導してくれることもなく、勝手な振る舞いをして後輩をうんざりさせている。だが上司によると、彼と組んで働いた新人は、必ず良い救命士となるという。

「おっ」と思わせる場面が早々にやってくる。新堂は児童に対して、相手を「さん」づけで呼び、敬語で接するのだ。確かに、自分も幼い頃、大人から必要以上に子ども扱いされて馬鹿にされたと感じたことがあった。本作に登場する子どもたちのように、懸命に助けを求めている時に自分が軽んじられていると感じたら、相手の大人への信頼を失くすかもしれない。また、新堂の態度は信用を得るだけでなく、「この人は自分を人として尊重してくれている」と感じさせるはずだ。親に蔑ろにされている子どもにとって、大事に扱われることで生じる自己承認感は、はかりしれないだろう。

 彼らが最初に直面する事件は、先述の小学校訪問の際に起きる。児童の一人が勝手にライフバンドでサイレン音を鳴らしてしまったのだ。単なるいたずらとして片づけようとした長谷川だが、「本当にわざとやったんだろうか」という新堂の言葉にひっかかりをおぼえる。もしかしたら、要救助者だったのではないか――問題の少年、須藤誠と再び接見するが、誠の言うことは要領を得ない。実はその裏には重大な事実があるが、誠はそれを口にしたくなかったのだ。事が起きた後で、彼は長谷川を責める。「声なんて出せなくても助けてくれるって言ったじゃないか」と。それは実際、長谷川が生徒たちにライフバンドの使い方を説明した時、彼が口にした言葉だった。彼らを力づけるために言ったことが、とんだ失言だったのだと長谷川は思い知る。

 家出をして、公園でライフバンドを鳴らした裕福な家庭の少女は、母親の再婚相手の青年の料理を一切うけつけないという。何度もライフバンドを使う少年は、学校でいじめを受けていると訴えるが、学校での聞き取り調査では他の生徒たちの証言で矛盾が生じる。そのたびに長谷川は新堂に振り回されつつ、真実を突き止め解決すべく奔走する。しかし最終章ではよりによって、新堂が少年に暴力を振るったという告発がネット上で拡散してしまう。これも、生徒が教師を煽って殴らせ、ネットで炎上させた実際の事件を思い出さずにはいられない。

 子どもへの暴力、ネグレクト、貧困、そしてネットでの炎上等々。エンターテインメントとしてスリリングな展開も用意されているが、随所にちりばめられているのは現実社会が抱える実際の問題だ。また、子ども食堂に準じる場所も登場し、これが非常に魅力的だ。

 児童保護署のようなシステムが実現できたらどうだろうか。もちろん維持費や人件費を含め難しい点はいくつも浮かぶが、ただ、これくらい子どもたちと真剣に向き合う、プロフェッショナルな大人をもっと配置する必要はあるだろう。模索が必要な今この時だからこそ、読んでおきたい一冊である。

角川春樹事務所 ランティエ
2019年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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