[本の森 SF・ファンタジー]『居た場所』高山羽根子/『GENESIS 一万年の午後』

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居た場所

『居た場所』

著者
高山, 羽根子, 1975-
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309027760
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

一万年の午後

『一万年の午後』

著者
堀, 晃, 1944-
出版社
東京創元社
ISBN
9784488018306
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『居た場所』高山羽根子/『GENESIS 一万年の午後』

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 高山羽根子『居た場所』(河出書房新社)は、奇妙な味わいの三編を収めた作品集。芥川賞候補にもなった表題作は、具体的には書かれていないが何かを醸造する家業を継いだ「私」と、介護の実技実習留学のため外国から日本にやってきた妻の小翠(シァオツイ)の話だ。亡くなった「私」の母と入れ替わるように違和感なく、すんなりと家族の一員になった小翠は〈初めてのひとりで暮らした場所に、もう一度、行きたい〉と言いだす。故郷ではない、ほんの一時期居た場所になぜ行きたいのか。「私」は小翠と一緒にその場所を訪れるが……。

 小翠が育った島に生息していたタッタというイタチに似た動物と、遺跡から発掘された壺のエピソードが印象に残る。割れた壺に入っていた、蜜のように見える薄い草色に透きとおった、とろみのある液体。タッタが夢中で舐めていたその液体は完全に無味無臭だった。〈もしかして、私たち自身とまったく同じ味だったから、私たちはその味を『無い』と思ってしまったのかもしれないけれど〉と小翠は言う。口に入れた子供たちを恐怖に陥れた謎の液体と、冒頭で「私」が語る微生物の薀蓄、夫婦が旅先で見たものが結びつく。登場人物が経験した出来事の意味は説明されない。しかし、自分の体内にもいるはずの無数の微生物がざわざわと蠢く気配を感じる。人間のなかに潜む未知との遭遇を描いた一編だ。

『GENESIS 一万年の午後』(東京創元社)は、堀晃、宮内悠介、松崎有理など八人の作家の書き下ろし新作短編を収録したSFアンソロジー。なんといっても久永実木彦による表題作がいい。舞台は遠い未来の宇宙。滅亡した人類によって創造されたマ・フと呼ばれるロボットたちは、半永久的に劣化しないプラスチック素材の身体に無限の電力を生み出すことが可能な器官を内蔵しており、一万年もの時を変化することなく過ごしている。サイズも形もみんな同じ。グループ内で特別を作らないことをモットーに〈おあつまり〉〈おでかけ〉〈おやすみ〉を繰り返しながら宇宙を観測しているマ・フの平穏な日常が、ある事件をきっかけに崩壊していく。特別が必要とされない世界で、仲間に言えない秘密を持っている語り手が、それまで知らなかった愛と悲しみを発見する瞬間を描いていて秀逸。ラストシーンも美しい。

 少女が怪獣を持ち上げる競技に挑む高山羽根子の「ビースト・ストランディング」、主人公がさまざまな場所に自分だけにしか見えない生首を落とす倉田タカシの「生首」も鮮烈だ。執筆陣は創元SF短編賞の出身作家と、年刊日本SF傑作選の収録作家。担当編集による解説も、それぞれの作品の特色をわかりやすく紹介しつつ楽しい小ネタが満載で、次に読みたい作家を見つけられる一冊になっている。

新潮社 小説新潮
2019年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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