[本の森 歴史・時代]『雑賀のいくさ姫』天野純希
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
年の初めから、面白さのあまり怒濤の一気読みをしてしまった作品と出合った。
2007年に『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビューし、その後も精力的にエンターテイメント性のある歴史時代小説を発表し続けている新時代の時代小説界を担う書き手の一人である天野純希の新刊『雑賀(さいか)のいくさ姫』(講談社)だ。
紀伊国、現在の和歌山県を拠点とした地侍集団である雑賀衆は、海運や交易を営む一方で、船の扱いに長け、鉄砲伝来以降は、鉄砲で武装し海上での戦を請け負う傭兵集団として知られる。この時代を描いた歴史時代小説で度々名前を目にしていたが、雑賀衆がメインとして描かれた物語を読んだのは、佐藤恵秋『雑賀の女鉄砲撃ち』(徳間書店)以来二冊目だった。
『雑賀の女鉄砲撃ち』は、戦国時代を題材とした物語が共通して持つ、裏切りや対立、謀略などを背景とした疑心暗鬼に包まれた重苦しさを下地に、雑賀衆の太田左近の四姉妹のそれぞれの生き様を、末娘・蛍を主人公に描いた痛快な冒険活劇だった。
しかし、同じ雑賀衆の娘・鶴を主人公として描いた『雑賀のいくさ姫』を読み終えた際、『雑賀の女鉄砲撃ち』と全く違う印象を受けた。それこそが、著者の最大の仕掛けだったのだろう。作中、イスパニア人のジョアンの視点を織り交ぜることで、国内という狭い枠組みではなく、当時のアジア全体の情勢が加わり、物語に広がりをもたらしていることがそう思わせてくれたのだ。
サムライとハポネスに憧れ、フィリピンから日本へ向かう航海の途中、船内で内輪もめの果てに、一人漂流していたジョアンが出会ったのは、雑賀のいくさ姫・鶴姫だった。親同士に決められた縁談を避け、世界を相手に商いをすることを目指し、ジョアンが乗っていた南蛮船を手にいれ、戦にも耐えうる姿に補修を施し出航したのだが、その海上で、島津、村上水軍らと共に明国の海賊から国を守るための戦いに巻き込まれる。本書は壮大なスケールの海洋冒険小説となっている。
著者は、戦国時代の武将西日本選抜と明国の海賊・林鳳による海戦の手に汗握る迫力と、船を操る技術や海上での戦術のディテールに、それぞれの過去を複雑に組み合わせ、これぞエンタメ時代小説だ! といえる物語に仕立て上げた。海賊の娘という括りで言えば、和田竜『村上海賊の娘』(新潮社)に匹敵する面白さだった。
『雑賀の女鉄砲撃ち』に登場する人物たちが、全く違う人物像として数多く登場する本書に、書き手の視点の違いを楽しみたい。
最後に、この二冊の併読を強くおすすめし締めといたしましょう。