電子宅配便を日本にもたらしたイーパーセル株式会社。経営危機を脱却した熱血社長の手腕とは? 高杉良【刊行記念インタビュー】

インタビュー

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雨にも負けず 小説ITベンチャー

『雨にも負けず 小説ITベンチャー』

著者
高杉 良 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041078723
発売日
2019/03/13
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【刊行記念インタビュー】高杉良『雨にも負けず 小説ITベンチャー』


企業小説の第一人者、高杉良が『最強の経営者』の次に選んだ題材は、わずか八人の社員しかいないベンチャー企業だった。
特許侵害でGoogleを訴えた「イーパーセル」の経営者、北野譲治の軌跡を描いたこの作品は、高杉良が初めてITベンチャー企業の経営者を主人公にした長篇小説だ。

あなたに会いたい

――『雨にも負けず 小説ITベンチャー』執筆のきっかけから教えてください。

高杉 産経新聞の記事(「リーダーの素顔 イーパーセル社長 北野譲治さん(54)」二〇一七年四月十六日)を読んだことがきっかけです。読了後すぐに当人に会いたいと思いました。その日は日曜だったので、翌日に会社に電話して「あなたに会いたい」と。すると忙しい中、時間をつくってくださって、翌々日の午後三時に来宅してくれたんです。それで「あなたのことを書きたいんです」とあらためてお願いして快諾してもらいました。ざっくばらんに僕の質問に答えてくれて、二回目にイーパーセルに出向き、近くのレストランで夫人にも会いました。

――記事の見出しは「データ〝宅配〟 世界標準技術 大企業にPR」。『雨にも負けず』の主人公、北野譲治さんは、インターネットで電子ファイルを安全・確実に送り届けるサービスを行っている企業の経営者だとあります。失礼ですが、一般的にはあまり知られていない方だと思うのですが、どこに興味を持たれたのでしょうか。

高杉 直感ですね。読んだ瞬間に、この人物は面白い、この人を書こう、という感じですよ。一つだけ挙げるなら、Googleなどの大手IT企業を特許侵害で訴えたところ。日本の小さな企業がアメリカの大企業を相手に闘ったことに興味を惹かれました。

――高名な作家から突然電話をもらって、しかも小説の主人公に、と言われた北野さんも驚いたでしょうね。取材はどのようにされましたか。

高杉 北野さんの周囲にいる人たちにもお話をうかがいました。イーパーセルの社員たちはもちろんですが、北野さんの高校時代からの親友で、いま一緒にバイオベンチャーを立ち上げている京都大学教授の小川誠司さんや、イーパーセルの創業者を北野さんに紹介した日本輸出入銀行の会田守志さんなどの友人たち、北野さんが学生時代にアルバイトをしていた六本木の「フローリスト・マグ」の池内潤二さん、日興プリンシパルでイーパーセルを担当していた城戸一幸さんなどですね。僕は取材するのが好きなんですよ。八十歳ですけど、いまだに自分で取材しないと気が済まない。人に取材をしてもらってデータだけもらって書くということができないんです。

――八十歳とはとても思えません。取材も執筆もされて、とてもお元気そうです。

高杉 実は昨年、三カ月続けて別々の病気で入院していたんです。正直なところ、企業小説は前作の『最強の経営者』で終わりだと周囲には話してました。身辺雑記や、自伝的な小説は書くかもしれませんが、取材して書くのはこれで最後だろうと。でも、北野さんの記事を読んでもう一つだけ書いてみたくなった。書いている間、僕も元気になったし、読者にも元気になってほしいと思いました。それに、自分でもよくがんばったと思いますけどね。

――「元気が出る」というのは、この小説にぴったりの言葉ですね。北野さんは学生時代から起業家精神がある人物。大学卒業後は大手損害保険会社であえて契約社員になり、コミッションフィ(販売手数料)を稼いで起業に備えるなど、自分の人生を主体的に切り拓いていきます。

高杉 人柄がいいんですよ。北野さんの言葉の端々から感じるのですが、ご両親がすばらしい人だったと思います。

一を十にする能力

――本作にて、北野さんは独立して損害保険代理店を立ち上げて順風満帆だったわけですが、そこに財津正明から誘いがかかる。財津はボストンでイーパーセルを創業した人物で、インターネットで電子ファイルを安全・確実に届けるために必要な暗号化などの特許を取得して、世界的に展開しようとしていた。その日本法人に北野さんをスカウトします。

高杉 大変熱心にね。作中にも書きましたが、財津さんは北野さんと初めて会った日に、地下鉄の虎ノ門駅構内で二時間も立ち話をしてかき口説いた。財津さんと北野さんとのやりとりは、雑誌連載でいうと三回目に登場するんですが、あまりにも強烈な印象だったので一、二回よりも先に書いたほどです。

――小説としては、財津さんの個性の強さが面白さの一つにもなっていると思います。

高杉 財津さんの発想はすごいものですよ。日本人がアメリカで起業して、特許を漏れなく取ったわけですから。

――それがのちのちGoogleなどの大手IT企業との裁判で生きてくるわけですね。ただ、作中では経営者として難があるように見受けられました。その点では、創業するのと、その会社を切り盛りする手腕は違うのだ、と感じました。

高杉 これも小説の中で書いたんですが「ゼロから一を生む能力と一を十にする能力は別物だ」という一節があり、それを読んだ北野さんが「まさにそうです」と言っていましたね。

――取材されて感じた北野さんのビジネスマンとしての魅力とはどんなものでしたか。

高杉 まずは行動力ですね。リュックを背負ってどこへでも行くんです。社長であると同時に営業部長でもあり、優れた営業マンでもある。そのパワーたるやすごいですよ。イーパーセルは小さな会社だけど存在感はなかなかのものですしね。リーダーとしての資質も相応にあると思います。

――北野さんが、歴代総理の指南役と言われた四元義隆さんの知遇を得ていたという奇縁も書かれていますね。

高杉 北野さんは広範囲に人脈がある方なんですよねぇ。僕は〝財界の鞍馬天狗〟こと日本興業銀行頭取だった中山素平さんの関係で四元さんを知っていた。その縁もたしかに感じましたね。僕の小説では、中山さんを書いた『勁草の人』に四元さんが少しだけですが出てきます。北野さんは、僕が長年取材していた旧日本興業銀行に知り合いがたくさんいたりするんですよ。

――高杉さんはモデルとなった人物が実名で登場する「実名小説」を数多くお書きになっています。今回も、北野さんをはじめ多くの人物が実名で登場しますね。

高杉 実名にして良かったと思います。北野さんは、小説だから現役の方たちは仮名のほうが、と最初はおっしゃっていたんですが、連載が始まってから、これなら実名で、と考えを変えられたようです。

――実名で書く理由はどんなところにあるのでしょうか。

高杉 リアリティですね。とくに企業小説はリアリティとエンターテインメント性の両方が求められます。うそっぽいと読者が離れていってしまうんですよね。実名にすることによって緊張感が強まります。

――その場に高杉さんがいらっしゃるような臨場感でお書きになっています。

高杉 取材していると、ありありとその場が思い浮かんでくるんです。やりとりが会話で書けるくらいくっきりとイメージできる。これは作家特有のものだと思います。

これからの起業家たちへ

――高杉さんはこれまで大企業の経営者を書いてきました。こういう小さな企業の経営者は初めてですか。

高杉 初めてですね。

――いまの大企業の経営者で、会いたい、書きたい人はいませんか。

高杉 うーん。思いつきませんねぇ。この作品が最後でしょう。

――『雨にも負けず』でベンチャー起業家を書いてみてどんな感想をお持ちですか。

高杉 北野さんのように若い頃から起業しようという人は、僕らの世代にはほとんど存在しなかった。だから、どんな人かと会う前は緊張したんです。僕はITにも疎いから、産経新聞の記事を読まなかったら、書いてみようとは思わなかったでしょうね。書くにあたっても、ITの知識がないという不安がありましたが、人間を書けばいいんだから、と思い直しました。

――情報を書くのではなく、キャラクターに惹かれて書くということですね。

高杉 そうです。だからのめり込んでいくんですよ。これまで書いてきた小説の多くも、出会った人に惹きつけられて書くことができた。そういう意味では、僕は運が強い。出会いの運ですね。たとえば、中山素平さんとは本当に長いつきあいをさせていただきました。中山さんが持っている情報量は普通の人とは桁違い。でもあの人も、僕と同じで知りたがりやだから、僕からも聞きたがるわけですよ。知りたいことがあるとすぐに電話をかけてくる。こちらも聞きたいことがあるから、話は尽きませんでしたね。

――『雨にも負けず』の北野さんは直感で書きたいと思われたとのことですが、ほかの小説の場合はどうですか。

高杉 今回のようにすぐに書きたいと思った人もいれば、長く気になっていて、ようやく書けたという人もいます。

――書きたかった人で書けなかった人はいらっしゃいますか。

高杉 それはいないですね。ただ、逆に、ある企業の過去の社長のことを書いたとき、その企業の広報部長から「いまの社長を書いてくれ」と頼まれたことはありますよ。怒り心頭に発したけどね。作家に向かってそんなことを言うのか、と。うちの社長を書いてください、という売り込みもたくさんありました。でも書きたいと思うことはまずないですね。例外はTKCの飯塚毅会長と税務当局との戦いを書いた『不撓不屈』。あと、『生命燃ゆ』ですね。昭和電工会長だった岸本泰延さんが、亡くなった部下のことを書いてくれ、と。岸本さんがその話をしながら涙ぐんでるんですよ。社内報に書いてほしいと言われたのを、それではもったいない、と雑誌に連載してまとめました。

――前作の『最強の経営者』ではアサヒビールのレジェンド経営者、樋口廣太郎を描きましたが、今回はいままさにがんばっている現役の経営者です。高杉さんの現役世代へのエールだと感じました。

高杉 『雨にも負けず』は、いま、起業してがんばっている人、これから起業する方々に読んでほしいですね。それに、目先のお金じゃなくて、気分良く働ける職場の環境づくりを考えている人たちにも。いまの時代の企業に何が必要かを考えるきっかけになってもらえると嬉しいです。

 * * *

高杉良(たかすぎ・りょう)
1939年東京都生まれ。化学業界専門紙記者、編集長を経て、75年『虚構の城』でデビュー。以後、緻密な取材に基づいた企業小説、経済小説を多数発表。とくに組織と人間とをテーマに、実在の企業、経営者を描いた作品に定評がある。主な作品に『金融腐蝕列島』『乱気流 小説・巨大経済新聞』『燃ゆるとき』『小説 創業社長死す』『東京にオリンピックを呼んだ男』『起業闘争』ほか。

取材・文=タカザワケンジ 撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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