大丈夫。そこはまだ道の途中

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イシイカナコが笑うなら

『イシイカナコが笑うなら』

著者
額賀 澪 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041077573
発売日
2019/03/01
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

大丈夫。そこはまだ道の途中――【書評】『イシイカナコが笑うなら 』小出和代

[レビュアー] 小出和代

 自分、この仕事向いてない……と、頭を抱えることがよくある。たぶん、自分の選んだ仕事を、迷いなく天職と言い切れる人はあまりいないんじゃないだろうか。

 少なくとも、私はそうである。

 そして、本作の主人公菅野京平もまた。

 多くの生徒に慕われ、保護者からの信頼も厚く、良い先生として高い評価を得ている京平。でも、それは要領よくポイントを押さえて行動した結果で、本当に生徒のことを思っているわけじゃないと、本人が自覚している。向いてないのになぜ教師になってしまったのかと、ひっそり後悔しているのだ。

 そんな彼の前に、かつての同級生の幽霊、イシイカナコがあらわれる。彼女はいきなりこう言うのだ。「ねえ、人生やり直し事業に参加しない?」と。

 そして京平は十七歳の自分が生きる「過去」へと飛ばされる。が、飛んだ先はなぜか、同級生の体の中。手違いに怒りつつ、何とか過去の自分を説得しようとする京平だが、どうやらイシイカナコには、別の思惑がある様子で……?

『イシイカナコが笑うなら』は、幾許かの後悔を抱えながら立ち止まれず流されていく人に、ほんの少しだけ、後悔と向き合う時間をくれる物語だ。舞台は高校、出てくる人物たちもほとんどが高校生なので、全体的に青春小説のおもむきがある。一見気まぐれでいい加減なノリのイシイカナコと、中身は三十一歳の京平の掛け合いが面白く、ドラマやアニメにしても映えるだろう。

 ノリの良さでどんどん読めてしまうから、コメディを見ているような気になるけれど、実は京平も他のクラスメートも、みんな何かしら悩んでいる。特に、未来から「やり直し」に来た京平は、自分の未来を変えなくてはと、ことさらもがく。

 私自身はもう青春を遠く離れてしまったので、「いい先生っぽいやり方をうまくなぞっているだけで、心が寄り添ってない」なんて京平の悩みには、若いなあ!と感心してしまう。いいじゃないか、外側から求められる正解っぽいやり方を、器用に選べるってのは大事なことだ。すべての行動にいちいち心を寄り添わせていたら、それこそ自分がパンクしてしまう。

 でも、京平はまだ、そこが納得いかないのだ。彼には無意識に抱えていた理想がある。器用であるがゆえに、かえっていつまでもその理想を手放せず、苦しんでしまった。

 とはいえ、こういうところでまじめに悩むくらいだから、彼はこの先、より良い道を選んでいくだろう。ぐるぐる、じたばたしたらいい。イシイカナコが作ってくれたのは、悩んで立ち止まる、大切な後ろ向きの時間だ。

 それでもやっぱり道を間違えたと思うなら、戻ってやり直すのではなく、今いる場所から少しずつ行先を変えたらいい。自分がこれまで歩いてきた道を、すべて否定することなんかないのだ。今、立ち止まっているその場所は、過去から続く結果だけれど、同時にまだ続いていく人生の、途中経過でしかないはずだから。

「やり直しなんてできないけど、失敗が許されないわけじゃない」

 終盤、京平が次のステップに足をかけたのが見えて、嬉しくなる。と同時に、失敗したと後悔しても未来を作り替えることができない、唯一のケースが際立って、切なくなるのだ。

 イシイカナコは、もうこの世にいない。

 彼女はこの「やり直し事業」で、自分自身を救えるのだろうか。それは読んでみてのお楽しみである。

 あとちょっと、もう少しだけ。人の道のりはそういう、ほんの少しの頑張りで積み上がっている。

 さて、私ももう少しだけ、頑張るとしますか。

KADOKAWA 本の旅人
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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