戦国を駆け抜けた島津豊久の雄々しき生涯

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忠義に死す 島津豊久

『忠義に死す 島津豊久』

著者
近衛 龍春 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041072103
発売日
2019/02/01
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

戦国を駆け抜けた島津豊久の雄々しき生涯――【書評】『忠義に死す 島津豊久』細谷正充

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 戦国小説の華は、やはり武将であろう。さまざまな理想や野望を抱え、乱世を駆け抜けた男たちの軌跡に、夢中にならずにはいられない。しかも平成に入った辺りから、取り上げられる武将の幅が広がった。それにつれて、今までにない人気を獲得した武将もいる。たとえば島津の四兄弟――義久・義弘・歳久・家久だ。みんな勇猛果敢であり、しかもそれぞれのキャラクターが立っている。四兄弟という点も、他の戦国武将と違う魅力といっていい。四人まとめて、あるいは誰かがピンで、戦国小説の主人公として活躍するようになったのである。

 さらに家久の息子の豊久も、関ケ原の退き口の戦いにより、大きな注目を集めるようになった。豊久を主人公にした作品も出てくる。若い人ならば、平野耕太の漫画『ドリフターズ』で、ご存じかもしれない。そんな豊久の生涯を描いた、正統派の戦国小説が登場した。読めば必ずや、鮮やかな驚きと感動に包まれるだろう。それだけの作品である。

 史実なので書いてしまうが、豊久は関ケ原の戦いで死亡する。その生涯は一閃の輝きのごとく、短いものであった。だが、エピソードは濃密だ。人生を丸ごと描こうとすれば、膨大な長さとなるだろう。これは豊久のみならず、歴史小説が必然的に抱える問題である。したがって物語にするときは、ある程度の人生の省略が求められるのだ。どこを削り、どこを残すか。ここが作家の腕の見せどころとなる。

 では作者は、豊久の人生をどう描いたのか。合戦と紐付けたのである。まず第一章が、豊久の初陣となった「沖田畷の戦い」だ。日向の佐土原で育った十五歳の又七郎(豊久)。側室の子であるため、どことなく微妙な立場にある父親の気持ちも分からぬまま、初陣に気が逸る。やがて迎えた龍造寺家との戦いで、血気盛んに武勇を示すのだった。

 戦国小説ファンには周知の事実だが、豊久の初陣となった沖田畷の戦いは、龍造寺家が没落し、鍋島家が興隆する流れを作ることになる、重要な意味を持つ戦である。続く第二章は、少し時代が飛び「戸次川の戦い」、第三章は「豊臣決戦」となっている。豊臣秀吉の九州征伐で、戸次川の戦いで島津が勝利したものの、最終的には秀吉に負け、臣従を余儀なくされるまでが綴られている。ひとつひとつの合戦の描写が緻密で、読みごたえあり。このように戦を要石として、豊久の成長を描くと同時に、島津家と戦国時代の流れを活写する。ベテラン作家らしい、巧みな小説技法といえよう。

 もちろん、戦以外のことも盛り込まれている。鶴姫を妻にし、幸せな家庭を得た。父親が急死(毒殺説を採っている)し、新たな佐土原城主となる。なぜか若い頃から、島津義久の娘の亀寿が、突っかかってくる。豊久は気づいていないが、亀寿が主人公に惚れているのは一目瞭然だ。鶴姫がメイン・ヒロインなら、亀寿はサブ・ヒロイン。どちらも気が強く、豊久の人生を彩る。こうした人間関係も、本書の見どころといっていい。

 その後の豊久は、二度の朝鮮出兵に参加。だが、秀吉の死去により、大きく時代がうねる。豊臣方と徳川方の戦いが避けられぬ状況の中、島津家は豊臣方に付いた。しかし豊臣方の実質的な指導者である石田三成は戦下手であり、豊久たちは振り回される。それでも島津家の武力を見せつけた豊久たちだが、関ケ原の戦いは徳川方の勝利となった。そして豊久は、敬愛する宗本家の島津惟新(義弘)を戦場から脱出させるため、前代未聞の敵中突破による退却戦を敢行するのだ。

 関ケ原の戦いに至る過程を、作者は島津家の無念を交えて、鮮やかに描き出した。だから豊久たちの、命を捨てた退却戦に、胸が熱くなる。相次ぐ死闘に血が騒ぐ。初陣となった沖田畷の戦いから、死に処となった関ケ原の戦いまで、一心不乱に乱世を駆け抜けた、豊久の雄姿を堪能できた。島津豊久を主人公にした、戦国小説の決定版が、ここに誕生したのである。

KADOKAWA 本の旅人
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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