風俗と取り締まりの今がわかる「風俗警察」

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風俗警察

『風俗警察』

著者
今井 良 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040822969
発売日
2019/02/09
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

風俗と取り締まりの今がわかる「風俗警察」――【書評】『風俗警察』今井良

[レビュアー] 今井良(ジャーナリスト)

「風俗」という言葉は夜の街の象徴でもある。きらめくネオンに酔客たちが引き寄せられていく。傍らには妖艶な美女。美しい女性に酒を次々と注がれて夢心地に……。目を覚ますと屈強な男が仁王立ち。頼んだ酒以上の法外な金額を要求される。俗に言う「ぼったくり」である。

 かつて新宿・歌舞伎町ではぼったくりで死者が出たこともある。無理やり料金を払わせた上に、真冬の路上に泥酔した状態で放置し死亡させたのだ。

 飽くなき人間の性欲に巧みにつけ込む悪質な犯罪。それに目を光らせているのが「風俗警察」である。

 東京都を管轄する日本最大の警察本部、警視庁。生活安全部保安課が、欲望渦巻く首都・東京の風俗警察である。

 筆者は二〇〇九年から二〇一二年まで桜田門の警視庁本部九階の記者クラブに事件記者・キャップとして所属していた。三年間で最も強烈な印象を受けたのが生活安全部保安課=風俗警察の事件発表だった。

「被疑者甲・女は被害者A・男の陰茎を……」

 記者会見の場でわいせつな用語が次々と捜査担当者から発せられていく。レクチャーに参加している記者たちは黙々とメモ帳にペンを走らせる。正直、異様な光景だと感じたことは一度や二度ではなかった。

 夜の街は社会の憩いの場である。疲れを癒し明日への英気を養う。しかしそこには利用する側、サービスを提供する側にも一定のルールがやはり必要だ。

 わいせつDVD製造工場の摘発の現場に記者として、何度か立ち会ったこともある。新宿の繁華街の外れに位置するマンションの一室で無修正のアダルトDVDが大量生産され、全国に販売されていた。

「まもなくガサ(家宅捜索)が終わる。その後にやっこさん(被疑者のこと)を連行するから」

 摘発の現場の撮影を促す風俗警察の担当者。筆者たちも固唾を飲んでその時を待つ。捜査員に両脇を挟まれ、腰縄・手錠を打たれた被疑者が現れると照明で辺りがひときわ明るくなる。なぜカメラマンがいるのか……? 困惑した表情をしながらも報道陣をにらみつける被疑者。

 風俗警察の現場では「性欲」をめぐる攻防が日夜繰り広げられている。

 筆者が本書『風俗警察』を書こうと思ったきっかけは、性欲にまつわる犯罪に対峙し、過酷で地を這うような地道な捜査を続けている「風俗刑事」たちの姿に心を打たれたからである。

 風俗刑事たちの捜査に近道はなく派手な場面もほとんどない。つまりスポットライトを浴びる場面が少ない部門でもある。捜査活動の大半は証拠をじわじわと固めていく「内偵捜査」だ。対象となる被疑者に決して気づかれないよう、客を装い店に潜入したり、関係者への聞き込みを積み重ねていったりする。気づかれれば三カ月間に及ぶ内偵捜査は一瞬にして水の泡と化す。事件が内通者によってつぶされることもあるという。

 風俗刑事たちも誘惑を受けることがある。それに搦めとられてしまう刑事も残念ながらいる。しかし大半の風俗刑事たちは古武士のように自らを厳しく律し、犯罪に対峙している。

 ある風俗警察幹部は筆者にこう話した。

「風紀の乱れは社会の乱れにつながり、国を亡ぼすまでになる。それを水際で防いでいるのが我々風俗警察だ」

 平成の時代もあと数カ月で終わりを迎える。本書でも昭和から平成にかけての風俗の動きを巻末に年表形式でまとめた。

「今度繁華街に遊びに行くときは注意しよう」

「旦那がなぜキャバクラにはまっているのか」

「どうしたら健全に風俗店を経営できるか」

 男性のみならず、女性にもぜひ本書を手に取っていただきたい。風俗と取り締まりの今が二時間でわかる一冊。

 ◇角川新書

KADOKAWA 本の旅人
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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