『「通貨」の正体』
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「通貨」の正体 浜矩子(のりこ)著
[レビュアー] 中村達也(経済学者)
◆人本位制の所産 多角的に
異色の通貨論である。腕のいいカメラマンのごとくに、さまざまなアングルから被写体たる通貨に接近して、その正体を明かしてみせる。しかも、ウイットと諧謔(かいぎゃく)を交えた文章で。取り上げるテーマへの著者のスタンスが、各章のタイトルに端的に表現されている。例えば、「バラと通貨はどう違う?(第一章)」。バラは、たとえ名前がクマと変わっても、美しい色もかぐわしい香りも変わらないが、通貨は、人々がそれを通貨と認知しなくなれば通貨ではなくなってしまう。つまり、通貨は「人本位制」の所産なのである。
「嘆きの通貨、ドルの行方(第二章)」。今やドルは、かつてのような力も権威も失ってしまったが、「そんなら通商でリベンジ」と息巻く大統領が登場するにいたった。「ユーロ その混乱の源(第三章)」。そもそもユーロは、経済的必然性ゆえに誕生したのではなく、政治的な思惑から作り出された極めて不安定な通貨で、その存続がおぼつかない。そして「隠れ基軸通貨『円』の本当の姿(第八章)」。アジア通貨危機やリーマン・ショックで深刻な影響を被った日本経済だが、実はそうした危機やショックは、ゼロ金利や量的緩和によって生み出された膨大なジャパン・マネーがその一因でもあったという二面性がある。
とりわけ興味深いのは、第五章「幻の通貨 バンコールが夢見たもの」。かつてケインズが提唱した国際通貨バンコールは、実現こそしなかったものの、いま再び評価され始めている。第二次世界大戦末期に、戦後の国際通貨体制をどう構築するかをめぐって、米英間で繰り広げられた虚々実々の政治的、経済的な駆け引き。そんな中で、深謀熟慮を重ねながら少しでもイギリスの立場を有利なものにしようとしたケインズの苦闘の様を、さながらノンフィクション・ストーリーのごとくに語っていて印象的。通常の貨幣論や金融論のテキストブックではお目にかかれない通貨の「正体」を、著者流に解き明かしていて、大いに楽しめる。
(集英社新書・886円)
1952年生まれ。同志社大大学院教授。著書『新・国富論』など。
◆もう1冊
岩井克人(かつひと)著『貨幣論』(ちくま学芸文庫)