ミステリーで読む戦後史 古橋信孝(のぶよし)著

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ミステリーで読む戦後史

『ミステリーで読む戦後史』

著者
古橋信孝 [著]
出版社
平凡社
ISBN
9784582859010
発売日
2019/01/17
価格
1,034円(税込)

ミステリーで読む戦後史 古橋信孝(のぶよし)著

[レビュアー] 権田萬治(文芸評論家)

◆主題から社会問題に迫る

 本書はミステリーを手がかりに戦後の日本の歴史を振り返り、現代の日本の社会に潜む問題を浮き彫りにしようというユニークな試みである。

 日本古典文学の専門家でミステリーを愛読する著者は、「いわゆるエンターテインメント系の小説はその時代、社会を直接反映して書かれている場合が多い。ならば、推理小説から書かれた時代、社会の問題や関心をみることができるはずである。さらに時代順に追っていけば、おのずと歴史がみえてくることになるのではないか」という立場に立っている。

 一九五〇年代までを第一章とし、六〇年代から二〇一〇年代まで十年ずつを区切りに日本の社会で起こったさまざまな問題をミステリーの主題と絡めて取り上げている。戦後のミステリーをただ時代を追って列挙するのではなく、時代ごとに著者自身の日本の戦後社会への問題意識と重ね合わせて優れたミステリーを選択し、独自の批判的感想を加えている点が面白い。

 たとえば、鮎川哲也『黒い白鳥』は、空襲で父を失い、学生時代に夜の女をしていた女性の悲劇を描いているが、これが松本清張『ゼロの焦点』などの社会派推理小説につながって行くとか、仁木悦子『猫は知っていた』で医療過誤を犯した医者よりも殺された患者の方が悪者のように描かれているのは、当時は医者が聖職者として尊敬され、医療過誤が社会問題になっていなかったからだ、といった指摘には説得力がある。

 本書の魅力は、善きにつけ悪(あ)しきにつけ、著者が戦後の日本の現状に感じている強い不満や不安を、ミステリーへのコメントの中でぶつけている所にあるともいえよう。

 戦後の推理小説史や入門書を期待する人には、作品選択の偏りや説明不足、さらには著者の主張などに不満が残るかもしれない。だが、戦後ミステリーを幅広い社会的、文化的視座から批判的に捉え、現代日本の問題点を明らかにしようとする真摯(しんし)な姿勢には、戦後の日本とミステリーのあり方への関心を改めてかき立てるものがあると思う。
(平凡社新書・1015円)

1943年生まれ。武蔵大名誉教授。著書『文学はなぜ必要か』など。

◆もう1冊 

長山靖生(やすお)著『日本SF精神史 完全版』(河出書房新社)

中日新聞 東京新聞
2019年3月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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