『みかんとひよどり = La Mandarine et Le Bulbul』
- 著者
- 近藤, 史恵, 1969-
- 出版社
- KADOKAWA
- ISBN
- 9784041075456
- 価格
- 1,650円(税込)
書籍情報:openBD
ジビエのように味わい深い二人の男の、友情の物語
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
困った。『みかんとひよどり』を読むと無性にジビエが食べたくなるのに、春と夏は禁猟期間だからだ。ジビエとは狩猟で得られる野生の鳥獣の肉のこと。肉は硬めで匂いも独特だけれど味わい深い。この小説の登場人物のように。
主人公の潮田(しおた)亮二は京都の小さなレストランのシェフだ。フランスの料理学校で良い成績を残し、腕は悪くないにもかかわらず、潮田が関わる店はうまくいかない。雇われシェフとして二軒の店をつぶし、自分ではじめた店は失敗して借金を作った。現在料理人を務めているレストラン・マレーも赤字続き。もはや先がないという崖っぷちに立たされていたある日、山で遭難しかけた潮田は猟師の大高(おおたか)に助けられる。
ぶっきらぼうな猟師がふるまってくれた夏の猪、脂のない赤身を焼いただけのもの、しかも犬の食事として調理されたものが、実においしそうに描かれている。潮田は大高の獲物に魅了され、ジビエ料理に可能性を見出していく。ただし、負けっぱなしのシェフが野趣に富んだ新メニューのおかげで逆転大勝利する、という話ではない。自然のなかにいる動物を殺し、食肉にすることにはリスクがともなう。ダニや寄生虫の問題、解体の難しさなど、狩猟とジビエにまつわる過酷な現実もきちんと伝えているところが誠実だ。
挫折を経験しても〈何かを生業(なりわい)にして、お金を得るということはどうやっても面倒くさいことだらけなのだ〉と心を決めて自分のベストを尽くす潮田と、〈俺はこれ以上、人生を複雑にしたくない〉と言って自分の殻に閉じこもる大高。異なる道を歩んできたふたりの男が、ジビエと愛犬を通じてつながる。正月休みを一緒に過ごすことになったふたりが、鹿レバーの赤ワイン醤油漬けを食べながら、人類の祖先の話をするくだりがいい。タイトルの由来がわかる二六三ページもしみじみとしてしまう。大人ならではの友情の物語だ。