「東北に生きる民の誇りと気概」
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】光太郎と賢治の“意外な接点”――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/564447
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花巻を舞台にした小説を紹介しようかとも考えたが、同じ東北の二戸(にのへ)でご勘弁いただきたい。この地を舞台にしたすごい小説があるのだ。高橋克彦『天を衝(つ)く』である。
これは、二戸にあった九戸城の主・九戸政実(くのへまさざね)の波瀾の生涯を描く歴史小説だが、これほど血湧き肉躍る小説も珍しい。読み始めたらやめられないのだ。
この小説を語るためには少しだけ遠回りしなければならない。高橋克彦には東北を描いた作品が少なくないが、その中でも陸奥(みちのく)三部作が飛び抜けている。陸奥三部作を時代背景順に並べると、『火怨(かえん)』『炎(ほむら)立つ』『天を衝く』ということになるが、この全体像をまずとらえておきたい。
坂上田村麻呂とアテルイの戦いを描く『火怨』、奥州藤原氏の興亡を描く『炎立つ』、そして十万の秀吉軍と戦った九戸政実を描く『天を衝く』と続いていくのだが、その間に三百年弱、五百年余という歳月をはさんでいるので内容的に続いているわけではない。
しかし共通しているところもある。それは東北対中央という戦いの構図で、東北に生きる民の誇りと気概を描くのがこの陸奥三部作を貫く太いテーマなのである。その太さにしびれる。戦いの迫力にしびれる。
文庫版で『火怨』が2巻、『炎立つ』が5巻、『天を衝く』が3巻。全部で10巻という長丁場になるが、長い休みがあったらこの陸奥三部作をぜひ手に取られたい。まとめて読めば、至福の読書体験が待っているはずだ。『天を衝く』はこの三部作の最終編である。時代は、信長が天下布武の決意を固めた戦国末期で、合戦描写の圧倒的迫力にひたすら押しまくられる。『火怨』もすごいが、本書も負けていない。
二戸の九戸城は、いまはない。城の跡が残っているだけ。その城址に一度は行ってみたいと思っているが、まだその機会がないのは残念である。はたして生きている間に行くことが出来るだろうか。