〈リクエスト・アンソロジー〉刊行記念対談「お願いして、嫉妬するほど面白い短編を、書いてもらいました」宮内悠介×森見登美彦

対談・鼎談

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お願いして、嫉妬するほど面白い短編を、書いてもらいました

[文] 光文社


写真左から森見登美彦さん、宮内悠介さん

2019年2月6日 紀伊國屋書店 新宿本店にて収録

 ***

――今回の新刊、お二人それぞれから紹介してください。

宮内 〈リクエスト・アンソロジー〉は、編者、今回の場合は森見さんと私ですね、それぞれがテーマを決めまして、執筆陣の方々に“おねだり”して書いてもらうというコンセプトです。私はテーマを「博奕」に決めました。博奕って、人類にとって普遍的なものだと思うのです。作品の中で扱うのは、チンチロリンのようなちょっとした博奕でもいいですし……違法だからよくはないですけど(笑)、あるいは、もっと大きな、人生をかけた博奕でもいいわけです。なるべく器を広くして、執筆陣の方々が書きやすいようにしようと思いまして。他にも「旅」とか「料理」とかも考えたんですけど、最終的に私の趣味で「博奕」とさせていただきました。

――宮内さんが“おねだり”した作家さんたちは、デビュー年次でいいますと、何人くらいが先輩になるんでしたっけ。

宮内 ほぼ全員先輩です。お友だち感覚になってしまったらよくないかなと思いまして、がんばって先輩方にお願いしてみました。

森見 僕のほうは、いちおう後輩も含まれています。“後輩”って、部活じゃないですけど(笑)。

――〈リクエスト・アンソロジー〉を編集部で企画してご相談したときから、“下から目線”のアンソロジーというコンセプトがありましたからね。

森見 僕は、テーマを「美女と竹林」としました。宮内さんは「執筆陣が書きやすいように」とおっしゃいましたけど、僕はそんなこと、まったく何ひとつ考えておりませんで(笑)、自分の好きなものを選ばせていただきました。以前、光文社さんで『美女と竹林』というエッセイを連載して、本にしたことがありまして。このお話をいただいて、「他の方にお願いするというのは厳しいな」と思った瞬間に、この「美女と竹林」というテーマを思いついてしまって、やっぱり、これはやるしかない、と。おそらく、執筆してくださった方々はやりにくかったんではないかと、申し訳なく思っております。宮内さんの『博奕のアンソロジー』を読んで、「博奕っていうのは、なんていいテーマなんだ」と(笑)。反省しきりで、「なんという厄介なものを、自分の欲望のままにお願いしてしまったんだろう……」と思いました。僕も、できるだけ自分より先輩の作家さんにお願いするというスタンスではいたんですけど、若い作家さんでも、その作品を読んで「すごいな」と思った方にはお願いしてみよう、と。ですので、そうした若い作家さんもまじっています。

――「美女と竹林」というテーマではあるんですが、「竹林だけでもいい」ということだったんですよね。

森見 そうです。執筆をご依頼するときに、みなさんにお願いの手紙を出すわけですけど、そのなかで「テーマは『美女と竹林』となってますけど、『美女』と『竹林』はイコールなので」と書きました。……かえって訳の分からないことになってしまったかも(笑)。かつて、エッセイのなかで、「美女と竹林は等価交換の関係にある」と書いたことがあったので、それを利用して、「別に美女が出てこなくても構いません。主眼はあくまで竹林にあります」というふうに念は押したつもりだったんですけど、みなさん、非常に律儀に美女を絡めていただいて。

宮内 それはそうですよ(笑)。

森見 それもまた申し訳ない気がしてしまって。

――おふたりの手紙を添えた依頼状を、編集部からそれぞれの作家さんにお送りしたんですけど、そういえば、森見さんからご指名のあった作家さんから「どういうことでしょう?」という問い合わせがありました(笑)。「竹林の小説、でいいんですかね?」という確認が繰り返しあったり。

森見 申し訳ございません。

――それぞれのテーマについて、もう少し詳しくうかがわせてください。宮内さんは実際の博奕全般に通じているわけではないんですよね?


宮内悠介さん

宮内 そうですね。もっぱら麻雀くらいです。競輪・競馬などは、やったことありません。自分の手が及ばない、運を天に任せるような博奕はあまりやりたくないんですよ。麻雀も実は運なんですけど、なんとなく、実力で勝った気になれるではないですか(笑)。

――麻雀のプロになりたいと思われていた時期もあったんですよね?

宮内 ありました。最初は、大正生まれの祖母が大の麻雀好きで、その手ほどきを受けました。戦後の混乱期に麻雀で稼いでいたという祖母でして。

森見 小説みたいですね。

宮内 家族麻雀ではあったんですけど、しっかりと教えてくれて。私、なんでも手をつけると、行けるところまで行ってみたいと思う、そういう性格でして、麻雀も好きになったので、プロ試験を受けてみたいと思うようになりました。受けたのは二〇〇三年ごろでしたか。大学を卒業して、お金を貯めて海外放浪に出て、帰ってきたころ、異様に麻雀が強い時期がありまして、そのころに試験を受けました。でも、補欠の七番という非常に微妙な結果で。

――今回のテーマ、「麻雀のアンソロジー」とは思わなかったんですね。

宮内 「麻雀」だと少し狭いかな、と。ただ今回、森見さんが思いっきりご自身のフィールドに寄せてこられていて、その結果、書いている方も読んでいる方も竹林に迷い込んでいくような、すごく面白い本になっていて、小賢しくテーマを拡げようとしたことを反省した次第です。

森見 いやいやいや(笑)。「博奕」は人間が置かれた状況をあらわすから、書き手がそれぞれどういう状況を設定するかで、お話が膨らむと思うんです。自分でお願いしておいてなんですけど、「竹林」はそこが、非常に膨らますのが難しいのかなと思いました。すべて竹林に吸収されていくというか……。

――ここで企画の反省はやめてください(笑)。

宮内 「麻雀」だと、麻雀を知らない人に敬遠されてしまいますけど、竹林を嫌いな人はいないでしょう。

森見 いや! 竹林が好きっていう人もあまりいないような気が最近してきまして(笑)。僕、以前の見積もりでは、もっと竹林を好きな人がいるはずだと思ってたんですけど。

――“見積もり”ってなんですか(笑)?

森見 世の中の雰囲気的に、「竹林に懐かしさを憶える」「竹林に迷い込みたい」というような欲望を抱いている方がもうちょっといらっしゃるんじゃないかなという期待をしていたんですけど。そこまでではなかった(笑)。

――森見さんが竹林にこだわりを持つようになったのはいつからですか?

森見 子供のころから、父親に連れられてタケノコ掘りに行ったりしてたので、馴染みはありました。ただ、中学生のときに、父親と近所の竹林に忍び込みまして。当時は父親もまだ若くて、一緒にフェンスを乗り越えたりしてたんです。父親は、課長になったころから、フェンスを乗り越えてはくれなくなったんですが(笑)、それはともかく。竹林をさまよっていると、見たことのない農村みたいなところに出たんです。僕が住んでいたのは、郊外の住宅地だったんですけど、ちょっとした竹林を挟んで農村と接していまして。そのとき、父親と一緒にタイムスリップして、昭和の農村にまぎれこんでしまったような不思議な気持ちになったんです。それが僕には凄く印象的で。竹林に興味を持つようになったのは、その経験が大きいように思います。

――ちなみに、宮内さんは竹林に思い入れはありますか?

宮内 あまりない、というのが正直なところなんですが(笑)。アメリカ育ちなので、竹林が周囲になかったんですよ。ただ、妻の実家の裏に竹林がありました。妻と一緒に住むにあたって、彼女がそこから竹を一本切ってきまして。それを今、物干し竿にしています。

森見 凄くいい話じゃないですか!

――逆に、森見さんは、「博奕」について思い入れや賭け事の経験はありますか?

森見 ほとんどないですね。宝くじを買うくらいで。麻雀のルールも知りません。知らないまま、阿佐田哲也(あさだてつや)さんの『麻雀放浪記』を読みました。面白かったんですけど、「本当に読んだことになるのかな」と思ったりはしますね。『博奕のアンソロジー』を読んで、確立したゲームではない、些細な賭け事みたいなことは、やってみたいな、と思いました。小説にも使えそうかな、と。今まで、あんまり博奕について考えたことがなかったので、こうしてアンソロジーという形で読むと、「こういう風に料理するのか」「ここに博奕を見出すのか」ということをいろんな形で、いろんな角度から見ることができて、面白かったですね。

――それでは、編者として自画自賛していただきたいと思います。今回収録できた、読者のみなさんが驚くような作家・作品をひとつ、紹介してください。

森見 矢部嵩(やべたかし)さんですね。本書ではいちばん最後、トリを飾っていただきました。矢部さんは二〇〇六年に日本ホラー小説大賞を『紗央里ちゃんの家』という作品で受賞してデビューしたんですが、僕はその作品を読んで、「凄い人だ」と衝撃を受けました。それから、新作が出るたびに読むようにしてたんです。ずっと気になっている方で。なので、今回アンソロジーを編むことになって、僕よりもデビューが遅い、後輩にあたる方なんですけど、お願いすることにしました。実際にできあがったものも、「うわ!」というようなエライもので……、悔しかったですね。自分ももっと、弾けて書けばよかった、と思いました。

――タイトルも、「美女と竹林」そのままなんですよね。


森見登美彦さん

森見 物凄い律儀に。いや、でも、ほんとにびっくりして。

宮内 面白いですよね。タイトルも、読み終えて振り返ると、「これしかない」と思いますし。『美女と野獣』的というか、押し入り強盗が子供を誘拐する話を発端にして、次第にそういうお話に展開していくんですが、ビートのある文章でオフビートなユーモアが書かれていて、私も読んでいて嫉妬しました。

森見 そうなんですよね。確かに「美女と竹林」というしかない小説なんです。『竹取物語』と『美女と野獣』がベースになっているんですけど、その結びつき方が異様で。われわれの常識を超えた結びつき方をするんですね。「ヤラレタ!」と思って、悔しかったんですが、でも、僕がこういうかたちでお願いしなかったら、この作品は書かれなかったと思うと、誇らしく、嬉しい思いもあります。ぜひ多くの人に読んでいただきたいですね。

宮内 「博奕のアンソロジー」は意外性のある作品が生まれるように考えました。いかにも博奕の話を書きそうな方からは、少しずらしてお願いする方を選んでいるので、「え、この人の博奕の話?」と思ってもらえるのではないかと思います。たとえば、桜庭一樹(さくらばかずき)さんですとか。SF、ミステリ、純文学とまたいでお願いしたので、たぶん、ひとりかふたりは知らない作家がおられると思うんですよ。その出会いを楽しんでもらえると嬉しいです。アタマからひとつずつ推(お)していくとキリがないので、一作だけご紹介するなら、日高(ひだか)トモキチさんの「レオノーラの卵」を、オススメしたいです。日高さんは漫画家・写真家としての活動のほうが有名なんですが、実は文章も書かれていて、これがとても面白い。それで今回、企画に乗じてお願いしてみました。どんな話か、ざっくりまとめてお話ししたいんですが、ざっくりまとめられない(笑)。世界文学のような、アンチミステリのような、ちょっと奇妙な話になっていますので、ぜひお読みいただきたいと思います。

森見 不思議な話ですよね。「時計屋の首」とか「工場長の甥」とか登場人物の呼び名も独特ですし。まさか、「博奕」というテーマで、卵から生まれるのがどっちかという話が書かれるとは。

宮内 そうですね。ある卵から生まれるのが男か女か、という博奕が冒頭から出てきます。

――それでは今度は、お互いのアンソロジーを読んで、印象に残った作品や、この方にご自身のテーマでも書いて欲しかった、という作家さんはいらっしゃいますか?

宮内 『美女と竹林のアンソロジー』巻頭に収録されている阿川せんりさん。「来たりて取れ」という作品です。北海道に住んでいる主人公が、恋人の転勤についていくかどうかという話なんですが、転勤先は京都なのに、主人公はなぜか東京に向かうんですよね。それは、パンダの赤ちゃんが生まれたからだ、という。こんな一文があります。「パンダの方が竹よりも激しく求められているジャストナウ」。ジャストナウ、ですよ(笑)。

森見 僕が「竹林」のテーマでお願いしているにもかかわらず(笑)。

宮内 こういったビートのある文章が、ずっと続くんです。この人の「博奕」も、ちょっと読んでみたいですね。

森見 僕は、『博奕のアンソロジー』には、あまり読んだことのある方がいらっしゃらなくて、みなさん新鮮でした。ただ、冲方丁(うぶかたとう)さんは、僕もお願いしようか迷って、結局遠慮しちゃったんです。そしたら「博奕」に書かれていて。冲方さんを無理矢理竹林に引きずり込んで書いてもらうというのも、よかったかもしれませんね。

――今後、また新作アンソロジーを作るとしたら、どんなことを考えますか? また、こんなテーマのアンソロジーを読んでみたい、書いてみたいというようなものはありますか? もちろん仮定のお話です。

森見 僕は宮内さんの「博奕」で学んだんで、もうちょっと、書く人が書きやすいテーマ、それだけで人間の状況をあらわすようなテーマを考えたいですね。例えば……「逃亡」とか。

――面白そう! 「逃亡」のアンソロジーを仮に作るとしたら、どなたに書いてもらいたいですか?

森見 なんで外堀を埋めてるんですか(笑)。……でも、先程の宮内さんのお話のように、「逃亡」で書いていそうな方よりも、ちょっとずれた方のほうが面白いですよね。

宮内 逃亡しなさそうな方(笑)。

――逃亡しそうな方は誰なんですか(笑)。

宮内 私は、逆に「美女と竹林」に学んだので、一見狭いようなテーマのほうがいいかな、と。そうですね、「低温調理」とかどうですか。

森見 低温調理!?

――……それは、どなたが書かれるんでしょうか?

宮内 すみません、何も考えずに(笑)。編者が誰かということだと、どんなものになるのかイメージしにくい方が面白いような気がします。たとえば、円城塔(えんじようとう)さんとか。

森見 円城塔さんリクエストで「逃亡」だと面白そうですよ。……僕が勝手に決めてるみたいになってますけど(笑)。

――書く側として、こんなテーマなら参加してみたい、というのはありますか?

宮内 書く側としては、無茶ぶりされたほうが面白い、ってところもありますね。

森見 ……まあ、でもそのときの状況によりますよね。

――ずいぶん慎重な(笑)。

森見 うやむやな返事で申し訳ない。でも、もしですよ、今回自分がお願いした方が〈リクエスト・アンソロジー〉を編むことになって、依頼されたとしたら、断れないじゃないですか。……危険な伏線を張ってしまった。

宮内 私はテーマで縛られて書くっていうのが好きなので。……もちろん、状況にもよりますが、たぶん乗ると思います。

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宮内悠介 みやうち・ゆうすけ
1979年、東京都生まれ。
2010年、「盤上の夜」で創元SF短編賞山田正紀賞を受賞。
2012年、作品集『盤上の夜』で日本SF大賞を受賞。
2013年、『ヨハネスブルグの天使たち』で日本SF大賞特別賞を受賞。
2017年、『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞を受賞。『カブールの園』で三島由紀夫賞を受賞。
2018年、『あとは野となれ大和撫子』で星雲賞を受賞。
作品に『スペース金融道』『月と太陽の盤』『超動く家にて』『ディレイ・エフェクト』など。

森見登美彦 もりみ・とみひこ
1979年、奈良県生まれ。
2003年、『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。
2007年、『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞を受賞。
2010年、『ペンギン・ハイウェイ』で日本SF大賞を受賞。
作品に『聖なる怠け者の冒険』『夜行』『太陽と乙女』『熱帯』など。

光文社 小説宝石
2019年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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