彼女たちのこと――『幻の彼女』著者新刊エッセイ 酒本歩

エッセイ

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幻の彼女

『幻の彼女』

著者
酒本, 歩, 1961-
出版社
光文社
ISBN
9784334912727
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

彼女たちのこと

[レビュアー] 酒本歩(作家)

 僕にはモテ期があった。学生時代から恋愛下手と言われた僕の前に、魅力的な女性が現れて恋人になってくれた。それも、三人も! 今でも驚きだ。

 その頃、僕は八年勤めた会社の倒産を機に、ドッグシッターを始めていた。それが犬が好きな女性たちと出会うきっかけになったのだと思う。こう言っては何だが、僕はそこそこ見た目がいい。彼女たちの方から近づいてきたのは、それもあるからだろう。

 デートは楽しかった。ディズニーランドや京成(けいせい)バラ園、『シン・ゴジラ』を観たり、評判の焼き鳥屋に行ったりもした。

 だけど発展しない。長続きしない。僕がちょっとでも結婚をにおわせたりすると、彼女たちは引いてしまう。結局は別れが訪れた。三人とも交際期間は半年にもならなかった。

 僕のする話と言えば、犬のことばかりだったし、ドッグシッターは不安定で儲からない。付き合ってみたらつまらない男だったのだろう。それでも彼女たちが僕に残してくれたものは大きかった。病気の高齢犬を死なせてしまった僕を励ましてくれたり、保護犬を救うボランティア仲間を紹介してくれたり、気楽な生活に甘んじている僕を叱ってくれたり。

 どうやら僕のモテ期は終わったようだが、彼女たちとのことは大切な思い出だ。蘭、美咲、エミリ。幸せに暮らしているだろうか。僕は今でもあの頃と同じ葛飾(かつしか)に住んで、ドッグシッターをしている。平凡だけどそれなりに充実した毎日だ。

 堀切菖蒲園(ほりきりしようぶえん)駅を左折した。営業用のママチャリは今日も快調。アパートが見えてきた。僕はついさっき、ペットホテル代わりに預かったコーギーを飼い主に戻して、帰ってきたところだ。郵便受けからはがきがのぞいている。誰からだろう。

―――こうして主人公の風太は、元カノの一人、美咲の死を知らせる喪中はがきを手にします。私のデビュー作『幻の彼女』のスタートです。続きをお読みいただければ幸いです。

光文社 小説宝石
2019年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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