作家の運…デイヴィッド・ロッジ著 白水社

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作家の運

『作家の運』

著者
デイヴィッド・ロッジ [著]/高儀 進 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784560096765
発売日
2019/01/25
価格
5,400円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

作家の運…デイヴィッド・ロッジ著 白水社

[レビュアー] 本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

 「英国を代表するコミック・ノヴェルの大御所」と紹介される1935年生まれの著者が得意とするのは、大学を舞台とする作品だ。大学教員の生態や個性的な人物像を笑いたおし、アカデミズムの世界を洒落(しゃれ)のめす。著者自身が現代英文学を専門とするバーミンガム大学教授であり、職業生活から題材を得て、作家として執筆するという、たいそう効率の良い二足のわらじを履いてきた。

 本書は著者の2冊目の自伝で、76年から91年、41歳から56歳までの、最も充実した時期について叙述している。70年代は、民間航空機の発達のおかげで国際学会の開催数が増え、著者も多くの招待を受けて見聞を広めた。学者達(たち)が世界中を巡礼のように旅行して出会い、刺激を与えあう状況を、著者は「グローバル・キャンパス」と名付け、そのおおっぴらには語れない側面――学者達のエゴイズムや恋愛遊戯など――をデフォルメして『小さな世界』という作品を書きあげた。同書は高い評価を受け、ブッカー賞の最終候補作となった。

 ただし『小さな世界』が刊行された84年には、大学にとっての牧歌的時代は終わりつつあった。サッチャー政権によって予算を削減され、人員整理に追い込まれていったのである。著者は早期退職制度に応募し、専業作家生活に入る。この時期に英国で純文学に勢いがあったからこそ可能だった決断で、まさに「作家の運」に恵まれた人生といえるだろう。

 本書には大学の人事や、文学賞の選考の内実なども、かなりあけすけに書かれている。それはそれとして面白いのだが、知識人が知識人を皮肉るという内輪受けの構造は、どこまでがユーモアとして許容されるのだろうか? 「軽妙な諷刺(ふうし)」に収めるために、世界や人生の抱える深刻さを回避し、知識人層が感受性を鈍らせてしまったことが、英国の抱える今日的問題につながっているような気がする。高儀進訳。

読売新聞
2019年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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