静寂と沈黙の歴史…アラン・コルバン著 藤原書店

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静寂と沈黙の歴史

『静寂と沈黙の歴史』

著者
アラン・コルバン [著]/小倉孝誠 [訳]/中川真知子 [訳]
出版社
藤原書店
ISBN
9784865781991
発売日
2018/11/22
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

静寂と沈黙の歴史…アラン・コルバン著 藤原書店

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

 美しい本だ。静寂と沈黙はとても官能的な世界だ。博学多識のアラン・コルバンが沈黙をめぐる歴史的展開を豊かに抒情(じょじょう)的に語っている。静寂と沈黙は同じ一つの言葉silenceだ。自然と人間とに対応するように訳しわけられている。

 沈黙と言えば、マックス・ピカート(1888~1965)の『沈黙の世界』も有名だが、両者は対極的だ。ピカートの本が形而上学(けいじじょうがく)的であるとすれば、コルバンの本は美的だ。

 静寂と沈黙は空疎ではない。濃厚な空間だ。だから、沈黙は親密さと不可分なのだ。だから恋人たちは沈黙を味方にして深く愛することができる。沈黙も対話だから。

 静寂は夜の時間を鮮やかに飾る。夜は耳の反響を増幅し、色の消失を補う。「聴覚は夜の感覚なのである」、一番好きなフレーズだ。静寂においては、感覚が研ぎ澄まされる。静寂の中で官能は現れる。

 宗教において、沈黙は神と結びつく関係の基礎である。スペインの情熱的神秘主義者、アビラの聖テレサ(1515~82)は、夜の瞬間に、沈黙の中で、「魂の耳」を通して、法悦において神に至ることができると述べた。

 静寂は音の不在ではない。静寂は音が無数に現れ出て来るための海だ。鳴り響く沈黙という考えは奇妙ではない。

 あらゆるものが語るのである。すべてが無限の空間において何かを誰かに語る。

 もちろん、美しく優しい沈黙ばかりではない。神の沈黙はあまりにも恐ろしく、悲劇的なことと見なされ、躓(つまず)きの石ともなり、絶望を生んできた。なぜ、世界の大惨事、大虐殺においても神は沈黙し続けたのか。

 人間における沈黙にも重く苦いものもある。憎悪の沈黙がそうだ。

 沈黙も静寂もきわめて多様であり、人間生活の隅々にまで染み込んでいる。隠れた濃厚な世界を教えてくれる。訳文も読みやすい。美しさと豊かさを伝えてくれる好著である。小倉孝誠、中川真知子訳。

読売新聞
2019年3月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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