『東京の子』
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「吉川英治文学新人賞」著者が新境地で描く“オリンピック後”
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
オリンピック後、を描いた小説だ。
藤井太洋『東京の子』は、先頃吉川英治文学新人賞を得た作者が新境地で世に問う、近未来の物語である。
舞台は二〇二三年の東京。オリンピック&パラリンピック開催によって日本という国には大きな構造変化が起きた。仮部諫牟(かりべいさむ)という実年齢二十三歳の青年の視点からその模様が綴られていく。実年齢とわざわざ断ったのは、彼が育児放棄の両親から逃れるため、他人の戸籍を買って生きている人物だからだ。
作中設定では、東南アジアの経済成長により、過去には低賃金で雇用可能だった外国人労働者にも日本人と同等の報酬を払うのが当然になっている。仮部の主たる仕事は、問題を起こしていなくなった外国人労働者を説得し、連れ戻すことである。
ファム・チ=リンという中国生まれのベトナム人女性と接触したことが、仮部を意外な事態に巻きこんでいく。若者に新しい働き方を提供すべく設立された新制度の大学校、通称〈東京デュアル〉に彼は足を踏み入れることになるのだ。
東京オリンピックの開催については、過剰投資が悪い結果をもたらすのではないかという声が根強く存在し、推進派と真っ向から対立している。藤井の未来予想図は、どのような結果に終わるにしろ、新しいものが生まれるためには旧弊な価値観を打倒しなければならないという真理を読者に示すだろう。未来に希望を見出せない若者たちに新しい可能性を示せるか、ということが物語の後半では問われるが、作者の下した理性的な解に曙光を見出す読者も多いはずである。
主人公の仮部はパルクールという体技を極めており、その動きは躍動感に満ちている。彼の飛翔が、膠着した事態を打破し世界に推進力を取り戻させる。そうした意味では旧来の冒険小説の定型に忠実な一篇でもあるのだ。仮部と共に明日を生きたい、と読者は感じるのではないか。