チェコ文学の持つ「強靱なユーモア」を通して触れる人間の想像力の豊かさ

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  • わたしは英国王に給仕した
  • 兵士シュヴェイクの冒険 1
  • 山椒魚戦争

書籍情報:openBD

歴史の荒波の中で生まれたチェコ文学の「強靱なユーモア」

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 信じていた価値観が幾度もあっけなく裏返るような経験が、人間の想像力にもたらすもの。他国からの侵略や共産主義下での資産没収など、歴史の荒波に揉まれ続けてきたチェコの文学の特徴をひとつだけ挙げるなら、「強靭なユーモア」という言葉がふさわしい。

 ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』(阿部賢一=訳)は、絶望が奇妙な明るさに転じるような途方もなく豊かな読み味の傑作だ。ナチスドイツ占領下のチェコを舞台に、百万長者を夢見てホテルの給仕見習いとなった少年の数奇な生涯が、実在の人物やエピソードを織り交ぜながらユーモラスかつグロテスクに綴られていく。その姿は権力に振り回される人間たちの象徴であり、「信じられないことが現実となった」体験を積み重ねてきたチェコ社会の縮図だろう。

 まるで居酒屋でくだを巻くように、低い目線から滔々とエピソードが繰り出されていく特徴的な語り――フラバルはセルバンテス、ラブレー、ケルアックの『オン・ザ・ロード』など古今東西の作品から刺激を受けたようだが、とりわけカフカと同年代のチェコの作家、ヤロスラフ・ハシェクの存在は欠かせない。未完の大作『兵士シュヴェイクの冒険』(栗栖継=訳、岩波文庫、全4冊)は、オーストリア支配下のチェコが舞台。愚鈍だと思われている兵士が上官の命令を忠実すぎるほど忠実に遂行することで、むしろ軍隊という組織や戦争それ自体の愚かしさを滑稽に暴き出していく。『わたしは~』の訳者、阿部賢一が評しているとおり、彼のしたたかな風刺に通底するのは「“泣きたくないから笑うのだ”という抵抗心」なのだ。

 ハシェク、カフカと並び称されるチェコ文学の巨匠であり、ジャーナリストでもあったカレル・チャペック『山椒魚戦争』(栗栖継=訳、岩波文庫)は、言葉を理解できる新種の山椒魚をめぐるディストピア小説の古典的名作。労働力だったはずの山椒魚と人類の立場が反転していく過程が実になまなましい。そこには透徹した批評眼と、それでも人間の営みを一方的に断罪しない精神が息づいている。

新潮社 週刊新潮
2019年3月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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