「ラプンツェル」「乙姫」などにインスパイアされた物語 寺地はるな、島本理生などが執筆

レビュー

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リアルプリンセス

『リアルプリンセス』

著者
寺地 はるな [著]/飛鳥井 千砂 [著]/島本 理生 [著]/加藤 千恵 [著]/藤岡 陽子 [著]/大山 淳子 [著]
出版社
ポプラ社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784591162767
発売日
2019/04/04
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

6人の巧みな書き手によって生まれ変わった今様プリンセス物語

[レビュアー] 吉田伸子(書評家)

 「鉢かづき姫」「踊る12人のお姫様」「ラプンツェル」「エンドウ豆の上に寝たお姫様」「乙姫」「眠り姫」。本書に収録されている物語のベースになっている物語たち(収録順)である。古今東西のプリンセスたちが登場するこれらの物語から、どのようにインスパイアされた”リアルプリンセス”たちの物語が生まれたのか、まずは本書のこの”企み”からわくわくしてしまう。加えて、その”企み”に参加した書き手たちの顔ぶれと言ったら! まるで、表紙の向こうから手招きされているような一冊、それが本書である。

 まず最初の一編は、寺地はるなさんによる「鍋かぶり」。ヒロインが被っているのは、鉢ならぬ鍋! というところからすでに、寺地ワールド全開、である。
 初瀬というそのヒロインがいるのは、とあるイベント会場で、彼女はそこで自分が結婚した経緯と彼女の結婚観、人生観について講演している、という体である。カリスマ助産師(!)の薫陶を受けた母親に、鍋を被せられることになった経緯から、鍋とともに生きてきた来し方、そして、そんな鍋かぶり――初瀬の言葉を借りるなら「鍋被せられ」――状態から、ひょんなことからホテル王の目に留まり、彼の息子と出会い結ばれるまで、を語るのだけど、初瀬はそこで声を大にして、こう語る。

「わたしは、自分の結婚のことを、玉の輿だとか、そんなふうに語られるのが大きらいなのです」と。「鍋かぶり」と虐げられ、辛い日々を送った後にお金持ちの御曹司と結婚、美貌も財産も取り戻してめでたし、めでたし、というまとめられかたには反吐が出るのだ、と。なぜなら、「もっとも大切なものを、わたしは鍋かぶりのままで既に手に入れていた。鍋かぶりのまま一生を終えたとしても、わたしはきっと幸せだったことでしょう」

 初瀬が彼女のその人生から得た教訓はただ一つ。「一切のトラブルを避けて生きていくことなんて、できっこないのです。鍋とは限らない。生きているということはあらゆるへんてこなものが頭に載っかってくるかもしれない世界を歩んでいくってことなんです」
 この初瀬の言葉こそが本書を象徴している、と私は思う。だからこそ、本書は寺地さんの一編で幕を開けるのだ。

 飛鳥井千砂さんが描く12人の女子たちは、踊るのではなく”歩く”。島本理生さんが描くヒロインは、差し伸べられた王子の手が偽物だと分かった時、自らその手を離す。加藤千恵さんは”王子さま”越しにヒロインを描くことで、世の男子、の身勝手さ、愚かさを逆説的にあぶり出して見せた。
 藤岡陽子さんは、小学生の時に、浦島太郎の物語をハッピーエンドにしたヒロインを描くことで、愛のために新たな一歩を踏み出す勇気を鮮やかに描き出し、大山淳子さんは、目覚めたヒロインに、リアル世界の悲しみと喜びの二つを与えることで、人生が続いていくことの奥深さを見せてくれた。

 古今東西、これまで描かれてきた物語のプリンセスたちは、どこか受動的で、運命に流されたり弄ばれたりすることが多い――とはいえ、結局はめでたし、めでたしになる――のだけど、本書で描かれる”リアルプリンセス”たちは、ちゃんと意思を持っていて、自分の人生を自分で掴み取っていく。頭に鍋が載っていようと(「鍋かぶり」)、閉塞的な社会で息がつまるような暮らしを強いられようと(「ラプンツェルの思い出」)、彼女たちにはちゃんと「自分」がある。そのことこそが、6人の書き手が考える「リアル」であり、現代を生きる「プリンセス」のあり方なのだ。そこがいい。

 冒頭で書いた寺地さんの「鍋かぶり」だけではない。本書には他にも現代のプリンセスたちへの示唆に満ちていて、そこがまた、堪らない。飛鳥井さんの物語では、とある営業マンが惹かれるのは12人いる女子の中で、もっとも若い女子ではなく、一番年嵩の女子である。大山さんの物語で描かれる、”予定ありき”だからこそ安心して行動できるヒロインは、後悔することに耐えられないから、人一倍準備をするだけで、実は弱い。
 等身大の彼女たちは、読み手である私であり、あなたでもある。どこにでもいる、ごく普通の私たち。プリンセスにはほど遠いかもしれないけれど、でも、自分たちの人生のなかでは、紛れもない、そしてかけがえのない主人公である私たち。そんな私たちの物語が、その物語の欠片が、この六編にはちりばめられているように思う。

 本書は単独で読んでも面白いのだが、ベースとなっている個々の物語を読んだ後で本書を読むと、味わいもまた格別。それぞれの書き手の換骨奪胎の仕方、その手つきの鮮やかさに目を見張るのでは。6人の巧みな書き手によって生まれ変わった今様プリンセス物語を、存分にご堪能ください。

ポプラ社
2019年4月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

ポプラ社

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