起源の物語…ベルナール・テセードル著 水声社

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

起源の物語

『起源の物語』

著者
ベルナール・テセードル [著]/中畑寛之 [訳]
出版社
水声社
ISBN
9784801003736
発売日
2018/11/15
価格
6,600円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

起源の物語…ベルナール・テセードル著 水声社

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

 「名画の来歴」という。「来歴」とは人間ならば履歴書、由緒が正しくないと素性を疑われる。ところが、エロチックな絵画で存在が隠されていた場合、来歴は定かでなく、幻の作品は人々の好奇心を煽(あお)る。

 女性の秘部を精密な筆さばきで描いたクールベの「世界の起源」(一八六六年)は、そうした名画だ。この小品が一九九五年、オルセー美術館に入ったのは一大事件だった。精神分析家ジャック・ラカンが所有していたと囁(ささや)かれていたものの、画家アンドレ・マッソン作の画板で隠された現物を拝めた人間は限られ、日本に渡ったとも噂(うわさ)された。

 本書は、小説も書く美術史家が、この絵画の数奇な運命を、膨大な資料を使って辿(たど)ったミステリアスな傑作。「物語」とあるように、ときに意図的に虚構をまじえてリアリティを増している。作品の成立事情など、推理も説得力に富む。

 一八六五年の官展で「オランピア」がスキャンダルとなって、マネは一躍有名画家となるも、クールベの「プルードンの肖像」は影が薄い。ライバル意識がクールベの「安全装置」を外した。翌年、オスマントルコの外交官の注文で、「眠り」というレスビアニズムの作品を描いた勢いで「世界の起源」も仕上げ、二点抱き合わせで外交官に売った。革新的なレアリスムを追求するクールベの侵犯性がうかがえる。

 かくして「世界の起源」はヴェールをかけて化粧室に飾られた。その後、風景画がヴェールの代わりになった。所有者も変わり、ナチスドイツの魔手をあやうく逃れて、ハンガリーからフランスに戻る。この間、マグリットは模写をしたのか、ピカソの作品への影響は? ラカンが購入する際には妻シルヴィアの意向が働いたともいうが、前夫のバタイユもこの絵画を見たのだろうか?

 様々な可能性の検証がなされて興味がつきない。すぐにでもオルセー美術館に行って、この絵と「オランピア」に再会したい。中畑寛之訳。

読売新聞
2019年3月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加