こんな家に住んできた…稲泉連著 文芸春秋

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

こんな家に住んできた 17人の越境者たち

『こんな家に住んできた 17人の越境者たち』

著者
稲泉 連 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163909714
発売日
2019/02/08
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

こんな家に住んできた…稲泉連著 文芸春秋

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 「自らの『家』について語ることは、多くの人にとって『人生』そのものを語るのと同じである」

 各界で優れた仕事をしている人々にインタビューし、その住まいの歴史を語ってもらっているうちに、著者の稲泉さんはこう思ったのだという。実際、本書に収録されている十七名の談話は、語りの起点こそ「何歳のときにどこのどんな家に住んでいた」だけれど、すぐにその人の家族史や仕事史を包み込む豊かな人生行路の思い出話へと広がってゆく。単純に「ご家族のことを教えてください」「今の仕事をするきっかけは何でしたか」と訊(たず)ねただけでは、こういう美味(おい)しい実がいっぱい生(な)ったインタビュー集にはならなかっただろう。

 石牟礼道子さんのお父上は、家の飼い猫(十匹いたそうです!)にさえ、盗み食いの「いやしか精神」はいけないと厳しく叱る方だった。台湾・台北の廣州(こうしゅう)街にあった一軒家で曽祖母、祖父母、叔父叔母など大勢とにぎやかに育った東山彰良さんは、その家の思い出を胸に直木賞受賞作『流』を書いた。昨今は外国人観光客に大人気の新宿ゴールデン街のバーのママ・佐々木美智子さんの思い出話は生地の根室から始まり、サンパウロの私設図書館「ミモザ館」へと繋(つな)がってゆく。詩人でエッセイストのアーサー・ビナードさんは、故郷ミシガン州の川の畔(ほとり)にあった釣り小屋のことから語り始めて、八年間住んだ池袋坂下通り商店街の近くのアパートを思い出す。高中正義さんは、プロのミュージシャンとして大活躍してバハマに移り住んでから、天気が荒れて波と風がうるさいと押し入れの中に入るが、子供のころ麻雀(マージャン)屋で暮らしていたときもこんなふうにしていたと語る。

 人生はらせんを描き、過去の一場面を何度も通過しては味わい直しつつ上ってゆくものなのかもしれない。読後、自分の住まいの歴史を思い起こして綴(つづ)ってみたくなりました。

読売新聞
2019年3月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加